TRENDIA CLASSIC

キャラコさん

久生十蘭

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一  しばらくね、というかわりに、左手を気取ったようすで頬にあて、微笑しながら、黙って立っている。

玄関で緋娑子さんを見たとき、キャラコさんは、思わず、

「おや!」

と、眼を見はった。

わずか一年ばかり逢わずにいるうちに、すっかり垢抜けがしてまるで別なひとのようだった。

がむしゃらで、野蛮で、喧嘩早くて、頬や襟あしに生毛をモジャモジャさせながら、元気いっぱいに、しょっちゅう体操の教師などとやり合っていた『タフさん』。……これがこのひとだとはどうしても信じられない。

袖の短い、ハイ・ネックのジャージイの服を無造作に着こなし、ハンドバッグのかわりに、れいの、ヒットラー・ユーゲントの連中が持っていた、黒革の無骨な学生鞄を抱え、新劇の女優とでもいったような、たいへん、すっきりしたようすで立っている。

陽ざかりの日向葵の花のような、どこにも翳のない明るい顔だちは、以前とすこしも変わらないが、いったい、どんなお化粧の仕方をするのか、唇などはいかにも自然な色に塗られ、頬はしっとりと落ちついた新鮮な小麦色をしている。頬に手をあてるだけの、そんな、ちょっとしたしぐさの中にも、相手の眼を見はらせずにはおかないような洗練された『表情』があった。

キャラコさんは、呆気にとられてぼんやりながめていたが、急に気がついて、真っ赤になってしまう。

「ごめんなさい、タフさん。いつまでもそんなところへ立たせっぱなしで……。どうぞ、あがってちょうだい」

へどもどしながら、じぶんの部屋へ案内して、窓ぎわの椅子にかけさせると、しばらくね、とか、ほんとうによく来てくれたわね、などと思いつくかぎりのお愛想を並べたてる。

話の継穂を探そうと夢中になりながら、

「それにしても、もう、どれくらいになるかしら。……犬も馬も、みな、あなたに逢いたがっているわ」

犬も馬も……。家じゅうのものがみな、というつもりだったのだ。

キャラコさんは、あわててやり直す。

「……ええと、家じゅうが、みなあなたに逢いたがっていますわ。……その後、悦二郎氏は、どうして?」

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