TRENDIA CLASSIC
「なよたけ」の
解釈
折口信夫
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その頃、目に故障を持つてゐた戸板君が、戦争に出ることになつた。案じてゐると、もうどつかで苦しんでるだらうと思ふ時分、ひよつくり帰つて来た。よかつたねと言つてゐると、其場ですぐ言ひ出した。これもやはり南の方へ出て行つた加藤道夫君が、その以前書いておいた「なよたけ」が、雑誌に出はじめたから、其を読め/\、と大層慂めるのである。其で、三田文学に出てゐる間割合によく読んでおいた。戦争の後、読む書物のない時期が相応に続いて、八犬伝や、膝栗毛を精読したり、るぱんやほるむすを読み返すやうな侘しい月日が続いて、読書呆けといふべき時期が長かつた。
長い間舞台にかゝるやうな評判の立ち消えになり/\したあの物語が、いよ/\舞台に上ることになつた。さて以前の「なよたけ」の筋は、殆あたまに浮んで来ない。だがかう言ふ程度に記憶の薄れた方が、愈舞台に向ふと、後から/\薄紙を剥ぐやうに思ひ出されて来て、適当な用意を持つて芝居に臨んでゐると謂つた頃合ひの知識になつてゐるだらうから、此はきつと楽しいぞ。静かな岩清水のやうに、沁み出る記憶にひたされながら、加藤君のお芝居を見ることが出来るだらう。そんな期待で出かけて行つた。だが、其にはあまり健忘の時間が、私の上に立ち過ぎてゐた。驚くばかり、何と記憶が払拭せられてしまつてゐた。
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