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TORENDIA

「なよたけ」の解釈

本文約2,700字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

加藤道夫の戯曲「なよたけ」が舞台化された際、作者の旧友である筆者が観劇を通じて抱いた所感を綴る。筆者は、竹取物語の派生作品として本作を捉え、作者が独自の解釈で描いた王朝世界の描写を評価する一方で、知識欲に駆られすぎた観客の硬い視線や、演出における新劇的な手法の在り方について批判的な検討を加える。歌舞伎役者の伝統的な技量を活かしきれていない舞台の演出に苦言を呈しつつ、本作が持つ幻想的な物語の可能性を論じる。

折口信夫

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🎧 「なよたけ」の解釈 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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その頃、目に故障を持つてゐた戸板君が、戦争に出ることになつた。案じてゐると、もうどつかで苦しんでるだらうと思ふ時分、ひよつくり帰つて来た。よかつたねと言つてゐると、其場ですぐ言ひ出した。これもやはり南の方へ出て行つた加藤道夫君が、その以前書いておいた「なよたけ」が、雑誌に出はじめたから、其を読め/\、と大層慂めるのである。其で、三田文学に出てゐる間割合によく読んでおいた。戦争の後、読む書物のない時期が相応に続いて、八犬伝や、膝栗毛を精読したり、るぱんやほるむすを読み返すやうな侘しい月日が続いて、読書呆けといふべき時期が長かつた。

長い間舞台にかゝるやうな評判の立ち消えになり/\したあの物語が、いよ/\舞台に上ることになつた。さて以前の「なよたけ」の筋は、殆あたまに浮んで来ない。だがかう言ふ程度に記憶の薄れた方が、愈舞台に向ふと、後から/\薄紙を剥ぐやうに思ひ出されて来て、適当な用意を持つて芝居に臨んでゐると謂つた頃合ひの知識になつてゐるだらうから、此はきつと楽しいぞ。静かな岩清水のやうに、沁み出る記憶にひたされながら、加藤君のお芝居を見ることが出来るだらう。そんな期待で出かけて行つた。だが、其にはあまり健忘の時間が、私の上に立ち過ぎてゐた。驚くばかり、何と記憶が払拭せられてしまつてゐた。

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