TRENDIA CLASSIC

日本芸能史六講

折口信夫

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第一講

日本芸能史といふこの課題の目的に答へることが出来るか、どうか訣りません。或は雑駁なお話になるかも知れません。

最初に芸能とはどういふ意味であるか、といふことに就て、私らの見るところを申上げたいと思ひます。大体「語」といふものは、実感をもつて使つてゐる間は、定義によつて、動いてゐるものではありません。使つてゐる間に語が分化して来て、そこで始めて、定義づけてみようといふ試みが行はれるのであります。

我々は芸能といふ語を使つて来、また或点まで、その意味をこまやかに掴んでゐるつもりでもありますが、最近の芸能といふ語の使ひ方には、少くとも二つの中心があつて、その為に、どちらつかずになつてゐると思ひます。而もその間には、調和の出来ぬやうな二つの点に、芸能といふ語の意義が立てられてゐるやうであります。その一つは御承知の通り、今日普通に教育の上で言はれてゐる「芸能科」といふ、あの芸能といふ語の使ひ方であります。この種のものは、我が国に於て従来使はれなくもなかつたでせうが、あのやうに世間話に使はれた例は、なかつたやうに思ひます。つまり、芸能科の芸能といふ使ひ方は、シナの熟語としての芸能に近いもので、いはゆる「芸と能と」というた、従来の辞典式意義を感じてゐるものゝやうであります。

シナにも勿論、史記其他に、芸能といふ語の使はれてゐる例は、尠くないやうですが、従来我が国に於ける芸能といふ語の使ひ方は、さうしたものとは、違つてゐたやうに思はれます。私共の知つてゐるものでは、「兵範記」の仁安二年十一月の条に使はれてゐるのが、一番古い用例であると思ひますが、恐らく、もつと古くから使はれてゐるのに違ひありません。

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