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TORENDIA

日本芸能史六講

本文約49,900字 ・ 読了時間 約100分

あらすじ(AIが作成しました)

日本芸能史六講は、日本における「芸能」という言葉の定義や変遷、その歴史的背景を考察する講義録を収める。芸能の語源や分類の曖昧さを指摘しつつ、田遊びから発展した演劇の出発点や、田楽の流行と衰退、相撲の神事としての側面など、日本固有の演芸の諸相を論じる。本書は、著者による学術的な講義内容を整理し、日本の芸能史を構築するための資料としての役割を担うことを意図してまとめられたものである。

折口信夫

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第一講

日本芸能史といふこの課題の目的に答へることが出来るか、どうか訣りません。或は雑駁なお話になるかも知れません。

最初に芸能とはどういふ意味であるか、といふことに就て、私らの見るところを申上げたいと思ひます。大体「語」といふものは、実感をもつて使つてゐる間は、定義によつて、動いてゐるものではありません。使つてゐる間に語が分化して来て、そこで始めて、定義づけてみようといふ試みが行はれるのであります。

我々は芸能といふ語を使つて来、また或点まで、その意味をこまやかに掴んでゐるつもりでもありますが、最近の芸能といふ語の使ひ方には、少くとも二つの中心があつて、その為に、どちらつかずになつてゐると思ひます。而もその間には、調和の出来ぬやうな二つの点に、芸能といふ語の意義が立てられてゐるやうであります。その一つは御承知の通り、今日普通に教育の上で言はれてゐる「芸能科」といふ、あの芸能といふ語の使ひ方であります。この種のものは、我が国に於て従来使はれなくもなかつたでせうが、あのやうに世間話に使はれた例は、なかつたやうに思ひます。つまり、芸能科の芸能といふ使ひ方は、シナの熟語としての芸能に近いもので、いはゆる「芸と能と」というた、従来の辞典式意義を感じてゐるものゝやうであります。

シナにも勿論、史記其他に、芸能といふ語の使はれてゐる例は、尠くないやうですが、従来我が国に於ける芸能といふ語の使ひ方は、さうしたものとは、違つてゐたやうに思はれます。私共の知つてゐるものでは、「兵範記」の仁安二年十一月の条に使はれてゐるのが、一番古い用例であると思ひますが、恐らく、もつと古くから使はれてゐるのに違ひありません。

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