山の霜月舞
本文約24,500字 ・ 読了時間 約50分
あらすじ(AIが作成しました)
三河の山々に伝わる神事芸能「花祭り」は、修験の方式を取り入れつつ、若衆が舞う独特の神楽である。本作は、この祭りの全貌を組織的に記録した調査報告を論じる。とりわけ、洞穴への籠もりから復活を意味する「うまれきよまり」という中心行事に焦点を当て、山割りの儀式や鬼の出現、祭りの歴史的な変遷と信仰的意義を考察する。遊行する宗教家たちが伝えた神楽の古層を追い、祭りが山間部から里へと広がった道筋を多角的な視点から描き出す。
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まだあの時のひそかな感動は、消されないでゐます。小正月を控へた残雪の山の急斜面、青い麦の葉生えをそよがしてゐた微風、目ざす夜祭りの村への距離を遠く感じさせる笛の響き、其後幾度とも知れぬほど、私どもの花祭りにあひに出かける心の底には、此記憶がひろがつて居るのです。五年ほど此方、初春にさへなると、三・信・遠、三州の境山へ、ものにおびかれた様になつた訣は、この「花祭り」の作者早川さんが、最よく呑み込んでゐられるはずです。今では、広い東京にも大分、花ぐるひなどゝ砧村の先生に冷笑せられることに、却て満足を感じる人々が殖えて来ました。此は皆、早川さんのきめの濃やかな噂話に魅いられたのです。
昔も、洛中に田楽流行して、狐の業と騒がれた記録があります。花祭りにもさうしたつき物の力が、籠つてゐる様な気がしてなりません。
其最初の聞き出し手であり、今尚、語ること益幽に這入つて来たのは、早川孝太郎さんであります。さうして、其手初めに誘惑せられたのが、実は私でした。花祭りを思ふ毎に、此大和絵かきの懐しい話しぶりを憶ひ浮べずには居られません。私などの花祭りに関する乏しい知識は、隅から隅まで、此人の東道によつて、とりこんだものと言はねばならぬ。其ほどおかげを蒙る事が深い次第を皆様に告げておきたいのです。
花祭りに、「ねぎばな」と「法印ばな」とがあり、其が、設楽の奥山家に、昭和の代にも繰り返されてゐる。さうして、時には、「役花」の願主の招きに応じて、平野近くまでも出て来る。その行儀のうちに、鬼のへんべなるものをふむといふ事があつた。さう言ふ不思議な記憶が、長篠の山口で育つた幼時の印象として残つてゐる、と初中終、早川さんから聞かされてゐたものです。