TRENDIA CLASSIC

山の霜月舞

折口信夫

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まだあの時のひそかな感動は、消されないでゐます。小正月を控へた残雪の山の急斜面、青い麦の葉生えをそよがしてゐた微風、目ざす夜祭りの村への距離を遠く感じさせる笛の響き、其後幾度とも知れぬほど、私どもの花祭りにあひに出かける心の底には、此記憶がひろがつて居るのです。五年ほど此方、初春にさへなると、三・信・遠、三州の境山へ、ものにおびかれた様になつた訣は、この「花祭り」の作者早川さんが、最よく呑み込んでゐられるはずです。今では、広い東京にも大分、花ぐるひなどゝ砧村の先生に冷笑せられることに、却て満足を感じる人々が殖えて来ました。此は皆、早川さんのきめの濃やかな噂話に魅いられたのです。

昔も、洛中に田楽流行して、狐の業と騒がれた記録があります。花祭りにもさうしたつき物の力が、籠つてゐる様な気がしてなりません。

其最初の聞き出し手であり、今尚、語ること益幽に這入つて来たのは、早川孝太郎さんであります。さうして、其手初めに誘惑せられたのが、実は私でした。花祭りを思ふ毎に、此大和絵かきの懐しい話しぶりを憶ひ浮べずには居られません。私などの花祭りに関する乏しい知識は、隅から隅まで、此人の東道によつて、とりこんだものと言はねばならぬ。其ほどおかげを蒙る事が深い次第を皆様に告げておきたいのです。

花祭りに、「ねぎばな」と「法印ばな」とがあり、其が、設楽の奥山家に、昭和の代にも繰り返されてゐる。さうして、時には、「役花」の願主の招きに応じて、平野近くまでも出て来る。その行儀のうちに、鬼のへんべなるものをふむといふ事があつた。さう言ふ不思議な記憶が、長篠の山口で育つた幼時の印象として残つてゐる、と初中終、早川さんから聞かされてゐたものです。

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