「……花を惜しめど花よりも惜しむ子を棄て武士を捨て、住みどころさへ定めなき有為転変の世の中や……。」幼年時代から何十遍見聞きした熊谷陣屋幕切れの渡りぜりふである。竟に一度何の感傷も覚えなかつた文句である。其が今度といふ今度、真に思ひがけなく不意討ちのやうに鼻の心を辛くさせられた。
世間も個人も皆痛切に、此段切れの文句に身をつまされる有為転変を、実感してゐるのである。歌舞妓芝居自身すら、転変を深く思ふべき時到つた訣なのだ。
其だけに、振り搾る様に悲痛な吉右衛門の口跡も、今度は其程張上げることなくて効果をあげた。時勢も変化したが吉右衛門も進んだのである。あの魂の清まるやうな悲しみの声楽も、彼にとつては、ちんこ芝居以来五十年の経歴である。我々も馴されて来たが、彼自身ももう悲劇音楽を奏せずとも、てま(主題)は十分、人に徹することが出来るのである。花道附際の「夢であつたなあ」の部分のしぐさも全力的でなかつたのは、よい省略が行はれて来たのである。但、物語のくだり以下、急所々々で格に入ることを避けてゐたのは、彼の考へはわかるが、正しくない。凡熊谷がうかめてよい訣がない。
あれでは「軽み」の剋つた熊谷である。顔までが平凡人になつて見え、赤面生締の首が、何んだか不釣りあひに感ぜられた。かう言ふ時代物に、自然主義式な描写を心ゆくまゝに行はうとするのは、明らかに誤算である。
其ならなぜ、花道際の行動の後、飄々として這入るといふ形は採らなかつたのだらう。笠の縁を引き撓め乍ら這入る煩悶型などは、潔く揚棄してよい段階に達した彼である。
「女護島」の俊寛も、小品的に見ると、よい部分々々が印象した。「配所三とせが其間人の上にも我が上にも恋と言ふ字の聞きはじめ」の老い到つた人の豊かな心持ち、纜を手で追ふ身のあしらひ、「改めて今鬼界ヶ島の流人となれば」のくだりの髯をしごいてのきまり方など、こんなよい物を断片的に独立させて、後はうかめた演出で行くと言ふ法はない。畢竟人生の凡庸化である。