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TORENDIA

封印切漫評

本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

東京の舞台で上演された『封印切』を観劇した筆者が、鴈治郎の忠兵衛を中心に、配役それぞれの演技、大阪弁の扱い、立ち居振る舞いについて詳細に論じる。女寅、八百蔵、猿之助、芝翫らの役作りに対し、個々の細かな挙動や台詞回しを指摘しながら、各俳優の解釈と観客の印象、さらには上方らしさの実現度を客観的な視点から綴る。忠兵衛が封を切る場面の心理表現や美術的な美しさにも触れ、この舞台の成否を多様な角度から批評する。

折口信夫

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紙治で唸らされた印象のまだ消えやらぬ東京人士の頭に、更にその俤を深むる為に上つて来た鴈治郎の忠兵衛。観客の予期と成駒屋の自信と、如何程まで一致したか。其は感情派の批評に任せて、自分は唯旧大阪の遊廓の空気と、浪花風の各種の性格とが、各優人の努力によつて、何れ位実現せられたか、其紹介をすれば足る悠々たる客観党。二階正面の桟敷に陣どつて、前山の雲と脂下る。

女寅のおえん、容貌なら物ごしなら宛然その人である。唯折々野暮な姿を見せるのは、刻明な世話女房と見える虞がある。梅川と忠兵衛とを会はせようと言ふ矢先、鴇母が来るので吃驚して両手で門の戸を押へて、横向きになつたのは物おぢをした様で、華車としては不似合。戸を背にして肩をおとして手を拡げた方が、形もよく、梅川との形の上の調和もとれてよい。とゞ戸を開いて忠兵衛を呼んで、首尾してやるといふあたり、鴈治郎と呼吸がしつくり合つて、何様恋のわけ里のあはれ知りとは十分見えた。八右衛門を嗜めるあたり余り赫となるのは面白くない。今少し冷やかにやつた方が其人らしからう。其間の語気も、くだけた処と改まつた点とが、あまり区別があり過ぎた。此人は上方育ちと聞いて居るのに、大阪弁のまづさ。鴈治郎との対話がしつくり合はないので冷々させられた。

八百蔵の治右衛門、押し出しが立派。同情深さうな挙動はなつかしい。しかし地味な大阪風のおき屋の亭主とよりも、顔役に見えたのは遺憾。喜左衛門では真面目すぎ、三浦屋の亭主では柔みが尠い。困難い役、動きのない役を此程にすれば結構だ。

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