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TORENDIA

実川延若讃

本文約19,800字 ・ 読了時間 約40分

あらすじ(AIが作成しました)

大阪の舞台で活躍した二代目実川延若を論じる。本書は、幼少期から歌舞伎に親しんだ著者が、延若の持つ大阪の地域性や独創的な解釈を紐解き、彼が体現する「兼ねる役者」としての比類なき芸の真髄を詳述する。また、数々の名優が去りゆく中で、歌舞伎という芸術の行く末を案じつつ、延若の卓越した才能と、その芸が次世代へ継承されない現状に対する切実な危惧を綴る。

折口信夫

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「女殺油ノ地獄」の芝居を、見て戻つた私である。一日、極度に照明を仄かにした小屋の中にゐて、目も心も、疲れきつてしまつた。思ひの外に、役者たちの努力が、何となく感謝してもよい心持ちを、持たしてくれたけれども、何分にも、先入主となつたものが、度を超えて優秀な技芸であつた為、以前見たその美しい幻影が、今見る役者たちの技術の上に、圧しかゝるやうな気がして、見てゐてひたすら、はかなくばかり見えてならなかつたのである。

明治大正の若い時代は、貴かつた。その劇も、音楽も、浄い夢のやうに虚空に消えて行つた。はじめて、この河内屋与兵衛を見たのは、今の実川延若の延二郎と言つた頃である。さるにても、この若い油売りの手にかゝるお吉のいとほしさ。中村成太郎――後魁車の、姿なら技術なら、今も冴えざえと目に残つて居る。二度目に見た時は、中村福之助がお吉を勤めてゐたが、此時既に、先の印象が、その後のお吉の感興を淡くしたことであつた。其ほど、魁車のお吉は優れてゐた。与兵衛の両親、同業油屋の徳兵衛・おさはに扮したのが、尾上卯三郎・嵐璃であつた。この三人の深い憂ひに閉され、互に何人かに謝罪するやうに、額をあつめた謙虚な姿、まことに、こんなに人を寂しく清くする芝居もあるものか、としみ/″\感に堪へたことであつた。

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