本文へ移動
TORENDIA

寄席の夕立

本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

大阪の生薬屋の店先で幼少期を過ごした著者が、かつて通った寄席の様子や、記憶に残る芸人たちの姿を綴る。当時の講釈場の光景や、桂派と三友派の対立、大阪落語の個性的な芸風に触れつつ、中学生の頃の回想を交える。また、小言念仏を演じていた五明楼玉輔が、ある夏の夜の寄席で披露した不思議な人情話に、静まり返る客席の緊張感と雨の音が重なる記憶を、当時の芸人の矜持と共に振り返る随筆である。

折口信夫

速度
🎧 寄席の夕立 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 4

寄席なんかに出入りするのは、あまりよい趣味ではない。這入るにも、後先を見すまして、つつと入りこんでしまふ。さう言ふ卑屈な心持ちを恥ぢながら、つい吸はれるやうに、席亭の客になつて行く。こんな風だから、いつだつて大手ふつて、這入つた覚えがない。親たちがこんな風のしつけをしたからなのである。

生薬屋であつた私の家の店先へ、いつからか来て、来れば一時間では腰をあげる気づかひのない若い山陽道辺の女、亭主と言ふのは、東京から来た巡査で、此二人が世話になつて居たのが、一山と言つたか、一山の弟子であつたか、うろ覚えになつてしまつたが、此も東上りの講釈師であつた。さう言へば、家の近くの市場の中に、氏子の広い難波の八坂神社があつて、其鳥居を這入ると、小半町ほどの境内に、家が立てづんで居た。東京なれば、地内と言つた処、其中ほどに講釈場があつて、夜になると、宵の内からちよん/\ばた/\と、講釈台を叩く音がしてゐたものだ。此よりもつと大きなのは、千日前の法善寺の中にもあつたが、すべて席名は忘れるほど古い昔になつた。這入ると、土間の正面が高座で、其処までの間、両側のしたみ板に沿うて、停車場の待合所のやうに、長い腰掛けがつくりつけてあつた。之に腰を掛けたり、片脚も両脚もあげて、立膝・あぐらと言つた恰好で居られるやうになつてゐる。

折口信夫の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本