九月十一日、トゥリエ街にて 一體、此處へは人々は生きるためにやつて來るのだらうか? 寧ろ、此處は死場所なのだと思つた方がよくはないのか知らん? 私はいま其處から追ひ出されてきた。私はいくつも病院を見た。私は一人の男がよろめき、卒倒するのを見た。人々は彼のまはりに集り、私にその餘のものを見ないやうにさせてくれた。私は姙娠してゐる女を見た。彼女は高い、暑い煉瓦塀にそうて重苦しさうに歩いてゐた。まだそれが其處にあるかどうかを確めるためのやうに、ときどきその煉瓦塀を手搜りしながら。さう、それはまだ其處にある。その向うにあるのは何かしら? 私は私の地圖の上を搜す。産科病院だ。さうか、そこでお産をしようと云ふのだな。うまく行くといいが……。もうすこし先きの、聖ジャック街には、圓屋根のある大きな建物がある。地圖で見ると、Val de Grce(衞戍病院)。私は特にそんな名前なんか知る必要はなかつたのだ。しかしそんなことはどうでも構はない。小路が四方八方から臭ひはじめる。私にそれが嗅ぎ分けられたところでは、それはヨオドフォルムの匂、揚林檎の油の匂、恐怖の匂だ。夏になると町中が匂ふ。それから私は一軒の異樣な、盲目のやうな家を見た。それは地圖には出てゐなかつた。しかし扉の上にまだ充分に讀めるやうに Asile de nuit と記されてあつた。玄關の脇に、宿泊料が書き出されてあつた。それは高價ではなかつた。
そしてそれから? 停つてゐる乳母車の中に一人の子供を私は見た。子供は肥つてゐて、蒼白く、額に目に見えるくらゐの吹出物ができてゐた。それは明らかに全治してゐて、もう痛まないらしかつた。子供は眠つてゐた。口を開けて。そしてヨオドフォルムや、揚林檎の油や、恐怖の匂を吸ひ込んでゐた。まあかういつたところなのだつた。肝腎なことは、人々が其處で暮らしてゐるといふことだ。それは一番肝腎なことだ。