トレドの風景
本文約960字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
スペインのトレドで過ごした秋の旅の記憶と、画家エル・グレコの風景画を巡る思索を綴る。一九一二年に現地を訪れた詩人は、厳しい気候の中で滞在を中断せざるを得なかったものの、その地を生涯の重要な記憶として胸に刻む。本書は、一九〇八年に見たグレコの絵画に対する熱烈な感銘を師ロダンへ宛てた手紙を紐解きながら、鬼気迫る筆致で描かれた異国の情景と、詩人の内面的な調和と響き合いを鮮やかに描き出す。
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一九一二年秋、リルケは一人飄然と西班牙に旅した。この西班牙への旅--殊にトレド一帶の何か不安を帶びた風物――は、詩人にはいたく氣に入つたやうに見える。彼は其處にもつと長く滯在して當時彼の心を捉へてゐた仕事(Duineser Elegien)をしたかつたであらうが、この地方の氣候のはげしい變化のために彼の健康はすつかり害せられ、翌年三月には空しく西班牙を立ち去らなければならなかつた。しかしその地方、――殊にトレドは、ドゥイノ及びヴェニスと共に、晩年のリルケの胸奧にもつとも深く鳴りひびいた三つの大きな諧調ともなつたのである。
此のトレドがリルケの生涯にはじめて現はれたのは、おそらく一九〇八年の秋ロダンに宛てた次ぎの手紙(丁度「マルテの手記」に筆を下ろさうとしてゐた時分である)で、それもトレドの畫家エル・グレコの鬼氣を帶びた筆を通してであつた。さういふ假初の出會をも遂に空しくしなかつた點など、いかにもリルケらしいと言へるのであるまいか。
一九〇八年十月十六日、巴里ヴァレンヌ街七十七番地 ロダン樣 私は展覽會でグレコの「トレド」の前に一時間ばかり過して歸つて參りました。この風景畫は私にはますます驚歎すべきものに思はれます。私はそれを見て來たまま、あなた樣に書かなければなりませぬ。それはかう云ふものでありました。――
雷が裂けて、突然或町の背後に墜ちます。(その町といふのは或丘の中腹にあつて、その本寺の方へ急速に上り、それからまたもつと上方へと、その城を目がけてゐるのです。)さうして襤褸をまとつたやうな光線が地上を掘りかへし、搖すぶり、樹々の背後に、まるで眠れない夜のやうな、褪めた緑色に、其處此處に草原を浮かびあがらせてゐます。向うの丘の塊りからは一筋の細い流れが、なんの動搖も示さずに流れてゐて、その夜色を帶びた暗青色で、灌木どもの緑いろをした炎を怯やかしてゐます。驚愕して飛びあがつたやうな町は、かかる苦悶そのもののアトモスフェアを突き破らうとでもするかのやうに必死となつてゐます。
さう云つたやうな夢をもつべきではないのでせうか。