雑文一束
本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
郵便が宛先に届く確率への不安や、十九世紀の社会主義者ブランキの宇宙観、犯罪捜査における探偵の過誤、自身の病気に対する強迫観念など、著者が抱く多様な疑念や思索を綴る。また、過去に体験した盗難事件において、犯人を告発せずに自ら解決した経験を振り返り、人間の心理や社会の仕組みについて鋭い観察眼で論じる一冊である。
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郵便をポストへ入れると、すぐにはたして郵便がポストの中へうまく落ちたかどうかが気になる。宛名を書き忘れていはしないかということが気になる。満足にポストの中へはいっており、宛名も正確に書いてあるとしても、それが雲煙万里を隔てた目的地へ間違いなく行きつく可能性は甚だ乏しいような気がする。西洋人はビジネスの手紙は二通ずつ出すということを聞いたが、二通出せばプロバビリティが二倍になるわけだからいくらか安心ができる勘定だ。しかし同時に二通出すよりも半日位間をおいて二通出す方がプロバビリティはより大きい。何となれば、同じ時に二通出せば同じ原因のために二通とも不着になるわけだからである。神経衰弱のひどい時分に、私もこういう経験をしたことがある。何しろ、その時は、沢山の手紙が間違いなく宛先へつくのが奇跡のように思われたものだ。
ブランキという人は、十九世紀の中葉にフランスの政府が悪魔のように恐れた猛烈な社会主義者であるが、この人がある牢獄に監禁されていた時に考え出した宇宙観がある。それは宇宙間にある星はすべて地球と同じで、宇宙間には無限の地球があり、したがって無数のヨーロッパがあり、無数のフランスがあり、無数のブランキがあって、その無数のブランキがいま自分と同じように牢獄の中で自分と同じことを考えているのであるというのだ。私などは人間の中では相当ラジカルな機械論者であるが、それでも、時によると、人間は死ぬ刹那に意識が、それと同時に生まれる他の生物の頭の中へ飛びうつるのではなかろうか、という考えを抱く。輪廻転生説がどこの原始民族にも信じられたのは、理由のあることだ。