TRENDIA CLASSIC
卑怯な毒殺
小酒井不木
1 / 7
病室の一隅には、白いベッドの掛蒲団の中から、柳の根のように乱れた毛の、蒼い男の顔が、のぞいていた。その顔の下半分には、口だけが孔となって、厚い繃帯がかけられてあった。
ベッドの脇には干物のように痩せた男が立っていた。彼は兀鷹のように眼をぎょろつかせて、病人の不思議な感じのする顔をじっと睨んでいた。床頭台上に点ぜられた台附電灯の光が、緑色のシェードを通じて、ゼリーのように、変に淀んだ空気を漂わせた。病院の秋の夜は、静かに更けて行った。
「ふッふ」と、立っている男は吐き出すように笑った。「中からドアに鍵をかけた以上、誰にも邪魔されずに、ゆっくり僕の計画を遂行することが出来るんだ。君はもはや鷹につかまった雀と同じだ。僕は君が苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて死んで行くところを静にながめたいのだ。思えば、この時機をどんなに待ち焦れたことか。復讐というものは、辛抱の足らぬ人間には到底堪え難い重荷だが、僕は蛇のように執念深く辛抱したよ。そうして、とうとう、今のこの無限の喜びに接し得られたよ」
こういって男はきびしくにやりとした。それは悪魔の笑いであった。
「君は僕を毒殺しようとした」彼は幾分か声をふるわせて続けた。「ところが幸か不幸か僕はその毒をのまなかった。のむ前に発見したのだ。そうして僕はこのとおり助かった。けれども僕は、警察へは届けなかったよ。警察へ届けたのでは、復讐の快感を十分味わうことが出来ぬからねえ。つまり、僕は、僕自身の手で君に復讐しようと思ったのだ。
そこで先ず僕は、内密に君が僕に与えようとした毒を分析してもらったよ。その結果、それがストリヒニンであると知れた。ストリヒニン! 猛毒だ。君は僕を、蛙が水泳ぎをするように手足をつんのめらせて、苦しみ悶えさせて殺そうとしたのだ。
小酒井不木の他の作品
TRENDIA CLASSIC
誤った鑑定
小酒井不木
誤った鑑定
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
暴風雨の夜
小酒井不木
暴風雨の夜
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
ある自殺者の手
記
小酒井不木
ある自殺者の手記
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
按摩
小酒井不木
按摩
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
遺伝
小酒井不木
遺伝
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
暗夜の格闘
小酒井不木
暗夜の格闘
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
江戸川氏と私
小酒井不木
江戸川氏と私
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
印象
小酒井不木
印象
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
犬神
小酒井不木
犬神
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
怪談綺談
小酒井不木
怪談綺談
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
科学的研究と探
偵小説
小酒井不木
科学的研究と探偵小説
小酒井不木
TRENDIA CLASSIC
安死術
小酒井不木
安死術
小酒井不木