肉腫
本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
悪性の肉腫に冒された男は、余命幾許もない体で自身の右肩を蝕む腫瘍を切り離すよう医師に懇願する。自身を苦しめ続けた憎い存在に復讐するため、手術を強行させた男は、切り離された患部を自らの目で確認し、執念の眼差しでそれを見つめる。肉腫への執着と死の間際にある患者の心理を追い、その異常な復讐心と最期の瞬間を描く。
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一
「残念ながら、今となっては手遅れだ。もう、どうにも手のつけようが無い」
私は、肌脱ぎにさせた男の右の肩に出来た、小児の頭ほどの悪性腫瘍をながめて言った。
「それはもう覚悟の上です」と、床几に腰かけた男は、細い、然し、底力のある声で答えた。「半年前に先生の仰せに従って思い切って右手を取り外して貰えば、生命は助かったでしょうが、私のような労働者が右手を失うということは、生命を取られるも同然ですから、何とかして治る工夫はないものかと、大師様に願をかけたり、祖師様の御利益にすがったり、方々の温泉を経めぐったりしましたが、できものはずんずん大きくなるばかりでした。もういけません。もう助かろうとは思いません……」
傍に立って居た妻君の眼から、涙がぽたぽたと診察室のリノリウムの上に落ちた。真夏の午後のなまぬるい空気が、鳴きしきる蝉の声と共に明け放った窓から流れこんで来た。私は男の背後に立って、褐色の皮膚に蔽われた肋骨の動きと共に、ともすれば人間の顔のように見える肉腫の、ところどころ噴火口のように赤くただれた塊の動くのを見て、何といって慰めてよいか、その言葉に窮してしまった。
患者は私の方を振り向こうともせず、俯向きになって言葉を続けた。
「それについて先生、どうか私の一生の御願いをきいて下さいませんか」
「どんな願いかね? 僕で出来ることなら何でもしてあげよう」と、答えて、私は患者の前の椅子に腰を下した。
患者の呼吸は急にせわしくなった。
「きいて下さいますか。有難いです」と、御辞儀をして「お願いというのは他ではありません、このできものを取って頂きたいのです」こういって彼は初めて顔をあげた。
私はこの意外な言葉をきいて、思わず彼の顔を凝視した。
まだ三十を越したばかりの年齢であるのに、その頬には六十あまりの老翁に見るような皺が寄り、その落ち窪んだ眼には、私の返答を待つ不安の色が漂って居た。
「だって……」