新案探偵法
本文約10,900字 ・ 読了時間 約22分
あらすじ(AIが作成しました)
生理学者の鯉坂嗣三は、犬の嗅覚と条件反射を応用した画期的な犯罪探偵法を考案する。ある殺人事件の重要参考人を研究室の暗室へ連れ込み、犬の反応を通じて犯行を立証しようと試みる。しかし、暗室で犬が狂喜乱舞して男に駆け寄ったことで、探偵法は予期せぬ結果に終わる。男は以前鯉坂が盗み出した愛犬の持ち主であり、犬が飼い主を認識して反応したに過ぎなかった。この失敗を経て、鯉坂の探偵法は白紙に戻る。
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一
鯉坂嗣三君は生理学者であります。
彼は奇人とよばれることを頗る嫌って居りますけれど、友人たちは、ことごとく彼を奇人だといって居ります。すべて、医学を修めて、「医者」にならない人間には、どこかに変ったところのあるものですが、とりわけ、生理学を専攻する者の中には、ちょいちょい人間ばなれのした人があって、わが鯉坂君も、どちらかというと、その人間ばなれのした部類に属して居るのであります。
そもそも、学問を飯の種にするということは、本来誤った考えでありますけれど、学者だとて人間である以上食わずに生きて居ることは出来ません。ですから、大学を出て生理学を専攻する人は、二三年の後、それぞれ地位を求めて職に就くのが普通であります。ところが、わが鯉坂君は、真に学問を楽しむだけでありまして、大学を出てから生理学教室に入り、爾来数年を経過して、その間に主任教授から、地方の大学のよい地位を周旋されたことが二三度ありましたけれど、決して動こうとはしませんでした。尤も鯉坂君には係累というものがなく、親譲りの財産があって、食って行くには少しも差支ありませんでしたから、落ちついて生理学の研究に従事することが出来たのであります。
学問をするものは妻子があってはならない、というのが鯉坂君の持論です。これまで友人たちが何故かといってきいても、彼は決してその理由を説明しませんでした。総じて無妻主義というものは、思想上から起るのは稀であって、多くは生理的の欠陥とか、経済上の都合とかで起るものでありますから、鹿爪らしく説明するのは野暮なことであるかも知れません。ことに鯉坂君のごときは、研究に興が乗ると、昼夜の別なく熱中するのですから、細君が若しあったとしたら、随分迷惑をするにちがいありません。鯉坂君の無妻主義も、恐らくそうしたプラクチカルな理由から生れたのであろうと、思われます。