探偵志願
戸針康雄は、訪問者が丑村という刑事であることを知るなり、ぎくりとして、思わずも手にして居た新聞紙を取り落した。不吉な予感が、彼の手を麻痺せしめたからである。
刑事は、す早く身を屈めて、康雄の落した新聞紙を拾い上げ、
「おお、やっぱり、ゆうべの殺人事件の記事を御読みでしたか。実は、私が御たずねしたのも、この事件に就てで御座います」
康雄は更にはッとして顔色を変えた。が、つとめて平静を装って、
「と仰しゃると?」
と、無理に怪訝そうな眼つきをした。
その眼付を刑事はじっと見つめて、
「新聞に書いてありますとおり、殺されたのは、メトロ生命保険会社社員大平八蔵氏ですが、その宅は、富倉町三十二番地です」
「それがどうしたというのですか」と、康雄はいらいらしながら、憤慨の語調をまじえて言った。
刑事は、あたりを見まわし、声をひくめて、
「こうした話はなるべく他人に聞かれたくありませんから、若し御差支なくば……」
「こちらへ御はいり下さい」
と、康雄は刑事を請じ入れ、やがて二人は応接室で対坐した。夕暮に近づいたせいか、室内は薄暗くなりかけたが、康雄は面はゆい気がしたので、電灯をつけようとしなかった。刑事はやさしい口調でたずねはじめた。
「昨晩あなたは、殺人事件のあった富倉町を御通りにはなりませんでしたか」
康雄は、ぐさと、短刀で胸をさされる思いをした。
「私は富倉町が何処だか知りません」
取り敢えずこう答えて、丑村刑事はどうしてそのことを知ったであろうかと考えると、康雄ははたと思いあたることがあった。刑事は言葉を続けた。
「あなたは昨晩珍しい古本を御買いになりましたでしょう」
果して、と康雄は思った。
「好色破邪顕正という書籍、その新聞紙の包みが、ちょうど、殺人事件のあった大平氏宅の前に落ちて居たのです。今朝拾得の届出があったものですから、すぐさま手分けして市内の古本屋を調べさせると、袋町の古泉堂で、昨夜あなたが御求めになったのだとわかりました」