動物園の一夜
本文約12,500字 ・ 読了時間 約26分
あらすじ(AIが作成しました)
無職の男は空腹に耐えかねて上野動物園へ迷い込む。そこで昼間から園内で怪しげな挙動をしていた男と夜間に再会し、短銃を向けられる。男の正体は重大事件の実行犯であり、二人は警官隊の追跡を潜り抜けて園内の放水路から脱出する。翌朝、青年はタクシーで去り際、金銭を置いて男に別れを告げる。偶然にも犯罪者の逃走に立ち会った男は、二枚の十円札を手にしつつ、呆然とその後ろ姿を見送る。
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一
樹立の青葉は、病後の人のように喘いでいる。
戦場に遺棄された戦死者のように四肢をだらりと投げ出してライオンが正体なく眠っている。虎も豹もごろりと横になって寝ている。孔雀は妍を競う宮女のように羽根をひろげて風の重みを受けておどおどしている。象は退屈そうに大きな鼻をぶらぶら振っている。大小無数の水禽のさざめき、蛇のように、長い頸をくねらして小さな餌をさがしてはついばんでいる駝鳥、檻の外には人間どもが、樹陰のベンチの上に長々と寝そべったり、のろまな足どりで檻から檻へと足を曳きずったりしている。
植物と動物と人間とが、差別を撤廃して、原始の生活に帰ったような上野の動物園の真夏の昼過ぎである。
二十年振りではいった動物園は、その当時と少しも変わっていないように私には思われる。少なくも東京の街区のあわただしい変化とくらべるとここは昔のままである。
ところでこの年月の間一度も動物園のことなど思い出したこともない私は何故こんなところへ一人ぼっちではいってきたのだろう? どう考えてみてもわからない。無目的で、無意識でいつのまにか、自然にこんなところへ来ていたものにちがいない。
「森林に自由存す」と言った人があるが、動物園はある意味で森林だ。都会のまん中で、動物と植物とが人間の破壊の手から保護されている動物園は、ある意味では処女林と同じだ。誰の心の中にでも潜在している自由を慕う要求が、どうかしたはずみに、急に意識の表へあらわれてきて、私の足をここまで運ばせてきたのかも知れぬ。
ともかく私はここにいる動物の一つの仲間のような顔をして樹陰のベンチに腰をかけていた。