TRENDIA CLASSIC

其中日記

種田山頭火

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かうして          山頭火

ここにわたしのかげ

昭和八年三月二十日ヨリ

同年七月十日マデ

三月二十日 初雷。

また雨だ、うそ寒い、何だか陰惨である、しかし庵は物資豊富だ。

春来、客来、物資来だ。

けふもよい手紙は来なかつた。

風がふいて煤がふる、さみしくないことはない。

ちしやにこやしをやる。

樹明君の事が何となく気にかゝる。

野韮、これは一年食べつゞけても食べきれないほど生えてゐる。

笹鳴、夕霧。……

よく寝られた、よすぎる食慾とよい睡眠。

三月廿一日 彼岸の中日。

早く起きて星空を仰いだ。

入庵してから半周年(去年の秋の彼岸の中日に入庵したから)。

晴、朝月のある風景。

草餅が食べたいな。

澄太さんからペーパー頂戴。

樹明来、飲み歩いた、いけなかつた、おなじワヤでもタチのよくないワヤだつた、懺愧の冷汗。

白魚の吸物だけはおいしかつた、蓬餅も。

いつになつたら、ほんとうに酒が味はへるのだらう!

酔うて、そして淋しく戻つて寝た。

三月廿二日

曇、冷たい雨となつた。

樹明君が昨日の事を心配してやつてきた。

すべての従来の悪念悪行を捨てさるべし。

終日終夜、寝てゐた、寝る外ないから。

嵐の前、死の前――そんな気持だつた。

サケとスシとを与へられた、ありがたや。

三月廿三日

身心すこし軽くなる。

味噌汁をこしらへて、そればかり吸ふ、何といふうまさ。

昨日も今日も一句なし。

夜、樹明来、福神漬でお茶を飲んで、もうワヤはやるまいと誓約した。

時々ワヤをやつてもかまはないけれど、後悔するやうなワヤはいけない。

三月廿四日

晴、春風しゆう/\として天地のどかであつた。

朝は塩昆布茶。

或る場所に或る人間を訪ね、たゞ不快を与へられて戻つた、おかげで近来とかく怠りがちの自己省察が十分に出来た。

非家庭的、非社会的、非国家的な私である、私は非人情的に生きる外ない。

晩には、味噌汁をこしらへて吸ふた、おいしかつた。

△空腹と鼠とシヤモジ――何とユーモラスな事実の題材!

これを書きあげるだけのユーモアが私にあるかどうか!

やうやく三句

・ゆんべの雨がたたへてゐる、春

・朝から小鳥が木の実たべにきてゐる雨あがり

・夜のふかうしてあついあついお茶がある

三月廿五日

雨、春雨、終日独坐。

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