TRENDIA CLASSIC

行乞記

種田山頭火

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六月廿日 (伊佐行乞)

朝あけの道は山の青葉のあざやかさだ、昇る日と共に歩いた。

いつのまにやら道をまちがへてゐたが、――それがかへつてよかつた――山また山、青葉に青葉、分け入るといつた感じだつた、蛙声、水声、虫声、鳥声、そして栗の花、萱の花、茨の花、十薬の花、うつぎの花、――しづかな、しめやかな道だつた。

途中行乞しつゝ、伊佐町へ着いたのは一時過ぎだつた、こゝでまた三時間ばかり行乞して、どうやかうやら、野宿しないで一杯ひつかけることができた、ありがたいやら情ないやらの心理を味つた。

今日の行程七里、そして所得は、――

銭四十三銭に米八合。

伊佐で、春田禅海といふ真言宗の行乞相と話し合ふ機会を得た、彼は地方の行乞僧としては珍らしく教養もあり品格もある人間だ、しきりにいつしよに在家宿泊を勧めるのを断つて、私は安宿におちついた、宿は豊後屋といふ、田舎町に於ける木賃宿の代表的なものだつた、家の中が取り散らしてあるところ、おかみさんが妻権母権を発揮してゐるところ、彼女はまさに山の神だ、しかし悪い宿ではなかつた、食事も寝具も相当だつた。

同宿は四国生れの老遍路さん、彼もまた何か複雑な事情を持つてゐるらしい、ルンペンは単純にして複雑な人間である。

その人のしんせつ、ふしんせつ、頭脳のよさわるさ、――道をたづねるとき、あまりによくわかる。

今日の支出は、――

木賃二十五銭、飯米五合、たばこ四銭、端書六銭、酒代十銭、……

伊佐は風流な町だ、山あり田あり、鶯が鳴き不如帰が鳴く、狼が出るかも知れない、沙漠のやうに石灰工場の粉が吹き流れてゐる。

まだ蚊帳なしで寝られたのはよかつた、蚤の多いのには閉口した、古いキングを読んだり隣家のレコードの唄を聞いたり、――これもボクチン情調だ。

朝風すゞしく馬糞を拾ふ人と犬

・山里をのぼりきて捨猫二匹

捨てられて仔猫が白いの黒いの

・夏草の、いつ道をまちがへた

・虫なくほとりころがつてゐる壺

・道がなくなればたたへてゐる水

・これからまた峠路となるほとゝぎす

・ほとゝぎすあすはあの山こえてゆかう

六月廿一日

習慣で早く眼が覚めたが起きずにゐた、梅雨空らしく曇つて、霧雨がふつてゐた。

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