行乞記
本文約7,300字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
種田山頭火の日記である本書は、山口県周辺を旅する行乞の日々を綴る。作者は自然の風景や季節の移ろい、道中で出会う人々との交流、そして日々の所得や質素な食事をありのままに記録する。各地を歩きながら句を詠み、酒を楽しみ、友人と語らう日常を通じ、漂泊の生活における自己の心情や思索を深く描き出す。自然と対峙し、禅僧としての自律と人間的な感情の間で揺れ動きつつ、行乞の意義や生きる喜びを静かに見つめる姿を収める。
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八月八日
五時半出立、はつらつとして歩いてゐたら、犬がとびだしてきて吠えたてた、あまりしつこいので杖で一撃をくれてやつた、吠える犬はほんとうに臆病だつた。
水声、蝉声、山色こまやかなり、大田へはいつてゆく道はやつぱりよろしい。
十時には秋吉に着いて行乞、さらに近在行乞、財布(ナイフとルビをふるべし)を忘れてきてゐる。
夕立がやつてきた、折よく観音堂で昼寝。
もう萩が咲いてゐる。
新屋といふ安宿に泊る、愛嬌のない、井戸もない宿だつた、相客はいかけやさん、料理人、前者はおしやべり、どこか抜けたところがある、後者は生来の世間師、いらないものがある。
水は正直ですよ、といつていかけやさんが修繕したバケツに水を入れて覗いてゐる。
さすがに秋吉附近は大理石の産地、道ばたの石ころも白い光沢を持つてゐる。
旅立つ今朝の、蝉に小便かけられた
朝月のある方へ草鞋はかろし
・あぶない橋の朝風をわたり山の仕事へ
笹に色紙は七夕の天の川
・そこは涼しい峠茶屋を馬も知つてゐる
・夕立晴れた草の中からおはぐろとんぼ
・昼寝覚めてどちらを見ても山
・おのが影をまへに暑い道をいそぐ
暮れると水音がある暗い宿で
・月夜の音させる牛も睡れないらしく
・旅はいつしか秋めく山に霧のかゝるさへ
・霧ふかく山奥は電線はつづく
・ゆふべの鳥が三羽となつて啼いてゐる
・山のまろさは蜩がなき
・蜩のうつくりなくに田草とる
かなかなもなきやんだ晩飯にしよう
行程五里、行乞四時間。
今日の所得は 銭弐十六銭、米弐升八合。
木賃は三十銭 (等級は中の下)。
お菜は野菜づくし
八月九日
朝曇、涼しかつた、七時出立。
山の奥へ奥へと分け入つてゆく、霧がたちこめてゐる、時鳥がなく、途上ところ/″\行乞。
売られてゆく豚のうめき、水蜜桃の供養、笑顔うつくしい石仏。
どこでも土用干の着物が色とり/″\、私は何を干さうか、支那の何とかいふ奇人のまねではないが、破れ法衣に老いぼれ身心でも干さうよ、いや現に干しつゝあるではないか。
彼のよしあし、それはやがて私のよしあしだつた、行乞の意義はこゝにもある。