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TORENDIA

行乞記

本文約10,000字 ・ 読了時間 約20分

あらすじ(AIが作成しました)

広島や山口の地を巡る漂泊の旅を描く。托鉢をしながら歩き続ける著者が、旅先で出会う人々や風景を綴る。日々のささやかな糧や酒、友との交流を通して、孤独と自由の入り混じる境涯が明かされる。道中の景色や心情を詠んだ句を添えながら、特定の定住地を持たずに歩き、句を作ることに身を捧げる旅のありのままの姿を記録する。

種田山頭火

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九月十一日

広島尾道地方へ旅立つ日だ、出立が六時をすぎたので急ぐ、朝曇がだん/\晴れて暑くなる、秋日はこたえる、汗が膏のやうに感じられるほどだ。

中関町へ着いたのは十一時過ぎ、四時頃まで附近行乞。

六時、三田尻の宿についた、松富屋といふ、木賃二十五銭でこれだけの待遇を受けては勿躰ないと思ふ。

夜は天満宮参詣をやめて旧友M君を訪ねる、涙ぐましいほど歓待してくれた、奥さんもお嬢さんも、おばあさんまで出てきて、私の与多話を聞いて下さつた、十時近く、帰宿して熟睡。

同宿、いや、同室一人、誓願寺詣の老人、好きな好々爺だつた、いづれ不幸な人の一人だらう!

捨てた、今日の行乞で物事に拘泥する悪癖を捨てた、気持がたいへん楽になつた、もう一つ捨てたいものは、捨てなければならないものは酒の執着である(正しくいへば酒への未練)。

有縁止、無縁去、去来行住すべて水の如かれ、雲の如かれ。

おもひでの道を歩いて、善友悪友のおもひでがあつた、――K君、S君、I君、M君、等々等。

私はどこへいつても、招かれざる客であつても拒まれる客ではない、今日は歓迎せられた客でさへあつた。

秋草のうつくしさ、水草のうつくしさ。

ルンペン家族が、とある樹蔭で、親子四人でお辨当を食べてゐた、彼等に幸福あれ。

私の貧乏、そして私の安静、私の孤独、そして私の自由、不幸なる幸福。

今日の所得(銭十九銭 米二升四合)

今日の御馳走(酢鮹、煮魚、里芋)

・朝風の簑虫があがつたりさがつたり

・バスも通うてゐるおもひでの道がでこぼこ

・役場と駐在所とぶらさがつてる糸瓜

・かるかやもかれ/″\に涸れた川の

・秋日あついふるさとは通りぬけよう

・おもひでは汐みちてくるふるさとの渡し

ふるさとや少年の口笛とあとやさき

ふるさとは松かげすゞしくつく/\ぼうし

・鍬をかついで、これからの生へたくましい腕で

おばあさんも出てきて話すこうろぎ鳴いて(M君に)

・相客はおぢいさんでつゝましいこほろぎ

追加

つかれてついてどこかそこらでをんなのにほひ

九月十二日

朝、鞠生松原を散歩する。

放下着、放下着、身心ほがらかほがらか。

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