TRENDIA CLASSIC

其中日記

種田山頭火

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│おかげさまで、五十代四度目の、          │

│其中庵二度目の春をむかへること          │

│ができました。              山頭火拝│

│  天地人様                   │

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二月四日

明けてうらゝかだつたが、また曇つて雪がふりだした。

身心不調、さびしいとも思ひ、やりきれないとも感じたが、しかし、私は飛躍した、昨夜の節分を限界として私はたしかに、年越しをしたのである。

朝、冷飯の残りを食べたゞけで、水を飲んで読書した、しづかな、おちついた一日一夜だつた。

第三句集『山行水行』に入する語句二章

(庵中閑打坐)            (一鉢千家飯)

山があれば山を観る          村から村へ

雨のふる日は雨を聴く         家から家へ

春夏秋冬               一握の米をいたゞき

受用して尽きることがない       いたゞくほどに

鉢の子はいつぱいになつた

二月五日

天も私も憂欝だ、それは自然人生の本然だから詮方がない、水ばかり飲んでゐても仕方がないから、馴染の酒屋へ行つて、掛で一杯ひつかけた、そしてさらに馴染の飲食店から稲荷鮨とうどんとを借りて戻つた。

湯札が一枚あつたので、久振に入浴、憂欝と焦燥とを洗ひ落してさつぱりした。

幸福な昼寝。

やつぱり、句と酒だ、そのほかには、私には、何物もない。

大根、ほうれん草、新菊を採る、手入をする、肥をやる。

私の肉体は殆んど不死身に近い(寒さには極めて弱いけれど)、ねがはくは、心が不動心となれ。

米桶に米があり、炭籠に炭があるといふことは、どんなに有難いことであるか、米のない日、炭のない夜を体験しない人には、とうてい解るまい。

徹夜読書、教へられる事が多かつた。

・椿の落ちる水の流れる

・みそさゞいよそこまできたかひとりでなくか

・梅がもう春ちかい花となつてゐる

・轍ふかく山の中から売りに出る

・枯枝をひらふことの、おもふことのなし

そこら一めぐりする椿にめじろはきてゐる

ふるさとなれば低空飛行の爆音で

二月六日

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