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TORENDIA

たましいの教育

本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

幼児の教育を論じる本作は、子どもが外形を鵜呑みにする特性を持つことに着目し、身体・精神・霊性の三つの活力を育む重要性を説く。親や教師は自身の霊性を高め、幼児の本能的な欲求を法則によって統制しつつ、無心な日々の営みが霊的な信念へと成長するよう助けるべきだと強調する。祈りを通じたたましいの教育を提唱し、単なる道徳や型に嵌めるだけの指導ではなく、子供を真に強く自立した人間へと導くための指針を綴る。

羽仁もと子

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🎧 たましいの教育 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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思慮というものの全然芽を出していない幼児には、ただ外形ばかりが強い問題である。

幼児ほど形の上から物を鵜呑みにするものはない。そうしてその鵜呑みにしたことを、よいこととして守ってゆくものはない。

さらに幼児ほど好奇心の強いものはない。十分かれらの好奇心に投じてゆくならば、そのまちがっていることも、必ずなおしてしまうことができる。

それゆえ幼児には、外形をもってまずよいことを鵜呑みにさせることが必要である。

また私たちが知らないうちに彼が悪いことを鵜呑みにしていることを発見したならば、その好奇心を利用して、それと反対なことをまず鵜呑みにさせなくてはならない。

しかし鵜呑みはどこまでも鵜呑みである。どんなによいことを鵜呑みにさせておいても、それが彼の一生を支配してゆく力はない。幼児時代から子供のもっているよい鵜呑みが、年とともにかれらの思いによって理解され、思想にまで信念にまで育ってゆくように助けなくてはならない。

幼児の一面はまたただの本能そのものである。すなわちその本能的欲望をもとにして、彼らを育て導いてゆくよりほかはない。

それをときどき私たちは、親の希いや都合を先にして、彼らを導こうとしていることに心づく。この場合において、閑却された幼児の欲望が本能が、ひとりでにほしいままなるものになってしまうわけである。

活きる力の強弱は、またあらゆる生命の根本である。身体も精神も霊性も活発であるかどうかは、人を診察する医者が、まずわれわれの脈をとることをなによりも先にすると同じように、いつでも幼児を見守るものの第一条件として、たえず気がついていなくてはならないことである。やや極端にいえば身体と精神と霊性と、この三つを含む活力を強くしてやりさえすれば、そのほかのことは何もいらないと思ってもよいほどである。

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