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TORENDIA

目黒の寺

本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

麹町から目黒へ移住して六年になる著者が、下目黒の滝泉寺や中目黒の祐天寺など、地域に点在する由緒ある寺院の歴史や風情を綴る。江戸で名高い比翼塚の権八と小紫、正覚寺にある政岡の墓といった芝居ゆかりの地、江戸を焼き尽くした行人坂の火事の伝承、さらには薩摩芋移植の功労者である青木昆陽の墓などを紹介し、静寂の中に時の流れが刻まれる目黒の寺々の風景を、詠み人知らずの情緒とともに描き出す。

岡本綺堂

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🎧 目黒の寺 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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住み馴れた麹町を去って、目黒に移住してから足かけ六年になる。そのあいだに『目黒町誌』をたよりにして、区内の旧蹟や名所などを尋ね廻っているが、目黒もなかなか広い。殊に新市域に編入されてからは、碑衾町をも包含することになったので、私のような出不精の者には容易に廻り切れない。

ほか土地はともあれ、せめて自分の居住する区内の地理だけでも一通りは心得ておくべきであると思いながら、いまだに果し得ないのは甚だお恥かしい次第である。その罪ほろぼしというわけでもないが、目黒の寺々について少しばかり思い附いたことを書いてみる。

目黒には有名な寺が多い。先ず第一には目黒不動として知られている下目黒の滝泉寺、祐天上人開山として知られている中目黒の祐天寺、政岡の墓の所在地として知られている上目黒の正覚寺などを始めとして、大小十六の寺院がある。私はまだその半分ぐらいしか尋ねていないので、詳しいことを語るわけには行かないが、いずれも由緒の古い寺々で、旧市内の寺院とはおのずからその趣を異にし、雑踏を嫌う私たちには好い散歩区域である。ただ、どこの寺でも鐘を撞かないのがさびしい。

目黒には寺々あれど鐘鳴らず鐘は鳴らねど秋の日暮るる

◇

前にいった滝泉寺門前の料理屋角伊勢の庭内に、例の権八小紫の比翼塚が残っていることは、江戸以来あまりにも有名である。近頃はここに花柳界も新しく開けたので、比翼塚に線香を供える者がますます多くなったらしい。さびしい目黒村の古塚の下に、久しく眠っていた恋人らの魂も、このごろの新市内の繁昌には少しく驚かされているかも知れない。

正覚寺にある政岡の墓地には、比翼塚ほどの参詣人を見ないようであるが、近年その寺内に裲襠姿の大きい銅像が建立されて、人の注意を惹くようになった。いうまでもなく、政岡というのは芝居の仮名で、本人は三沢初子である。初子の墓は仙台にもあるが、ここが本当の墳墓であるという。いずれにしても、小紫といい、政岡といい、芝居で有名の女たちの墓地が、さのみ遠からざる所に列んでいるのも、私にはなつかしく思われた。

草青み目黒は政岡小むらさき芝居の女おくつき所

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