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TORENDIA

妖婆

本文約9,800字 ・ 読了時間 約20分

あらすじ(AIが作成しました)

江戸時代、嘉永四年の雪の降る夜。旗本の屋敷で開かれた歌留多の会へ向かう若侍たちが、途中の「鬼婆横町」で雪の中に坐る不気味な老婆を目撃する。近づくと消え、再び現れるその姿に翻弄された者たちは、恐怖と困惑に包まれる。そんな中、同様の老婆を目撃した若侍・石川房之丞が、周囲の制止を振り切って姿を消し、のちに老婆がいたはずの場所で死体となって発見される。果たして雪中に現れた妖婆の正体と、若侍たちを巡る怪異の真相とは。

岡本綺堂

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一

「番町の番町知らず」という諺さえある位であるから、番町の地理を説明するのはむずかしい。江戸時代と東京時代とは町の名称がよほど変っている。それが又、震災後の区劃整理によってさらに変更されるはずであるから、現代の読者に対して江戸時代の番町の説明をするなどは、いたずらに人をまご付かせるに過ぎないことになるかも知れない。

その理由で、わたしはここで番町という土地の変遷などについて、くだくだしく説明することを避けるつもりであるが、ただこの物語の必要上、今日の一番町は江戸時代の新道五番町(略して新五番町ともいう)と二番町、濠端一番町を含み、上二番町と下二番町は裏二番町通り、麹町谷町北側、表二番町通り南側を含み、五番町は濠端一番町の一部と五番町を合せているのである事だけを断って置きたい。そうして、この辺はほとんどみな大名屋敷か旗本屋敷、ことに旗本屋敷の多かったことをも断って置かなければならない。なぜならば、この物語は江戸時代の嘉永四年正月に始まるからである。

この年の正月は十四日から十七日まで四日間の雪を見た。勿論、そのあいだに多少の休みはあったが、ともかく四日も降りつづいたのは珍らしいといわれて、故老の話し草にも残っている。その二日目の十五日の夜に、麹町谷町の北側、すなわち今日の下二番町の高原織衛という旗本の屋敷で、歌留多の会が催された。あつまって来た若侍は二十人余りであったが、そのなかで八番目に来た堀口弥三郎は、自分よりもひと足さきに来ている神南佐太郎に訊いた。

「おい、神南。貴公は鬼ばばで何か見なかったか。」

「鬼ばばで……。」と、神南は少し考えていたが、やがてうなずいた。「うむ、道ばたに婆が坐っていたようだったが……。」

「それからどうした。」

「どえするものか、黙って通って来た。」と、神南は事もなげに答えた。

十三番目に森積嘉兵衛が来た。その顔をみると堀口はまた訊いた。

「貴公は鬼ばばで何か見なかったか。」

「あの横町に婆が坐っていた。」

「それからどうした。」

「乞食だか何だか知らないが、この雪の降る中に坐っているのは可哀そうだったから、小銭を投げてやって来た。」と、森積は答えた。

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