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TORENDIA

御堀端三題

本文約5,800字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

明治時代の麹町周辺を舞台に、著者自身の少年時代や青年期の体験を綴る。堀端の柳陰で過ごした涼やかな憩いの記憶、夜道で遭遇した不可解な女にまつわる体験、そして三宅坂で起きた人力車の転覆事故から九死に一生を得た出来事という三つの主題を収める。失われゆく江戸の情景への郷愁と、日常に潜む奇妙な出来事や危険な体験を通して、過ぎ去った時代と自身の人生の断片を描く随筆。

岡本綺堂

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🎧 御堀端三題 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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一 柳のかげ

海に山に、凉風に浴した思い出も色々あるが、最も忘れ得ないのは少年時代の思い出である。今日の人はもちろん知るまいが、麹町の桜田門外、地方裁判所の横手、後に府立第一中学の正門前になった所に、五、六株の大きい柳が繁っていた。

堀ばたの柳は半蔵門から日比谷まで続いているが、ここの柳はその反対の側に立っているのである。どういうわけでこれだけの柳が路ばたに取残されていたのか知らないが、往来のまん中よりもやや南寄りに青い蔭を作っていた。その当時の堀端は頗る狭く、路幅は殆ど今日の三分の一にも過ぎなかったであろう。その狭い往来に五、六株の大樹が繁っているのであるから、邪魔といえば邪魔であるが、電車も自動車もない時代にはさのみの邪魔とも思われないばかりか、長い堀ばたを徒歩する人々に取っては、その地帯が一種のオアシスとなっていたのである。

冬はともあれ、夏の日盛りになると、往来の人々はこの柳のかげに立寄って、大抵は一休みをする。片肌ぬいで汗を拭いている男もある。蝙蝠傘を杖にして小さい扇を使っている女もある。それらの人々を当込みに甘酒屋が荷をおろしている。小さい氷屋の車屋台が出ている。今日ではまったく見られない堀ばたの一風景であった。

それにつづく日比谷公園は長州屋敷の跡で、俗に長州原と呼ばれ、一面の広い草原となって取残されていた。三宅坂の方面から参謀本部の下に沿って流れ落ちる大溝は、裁判所の横手から長州原の外部に続いていて、昔は河獺が出るとかいわれたそうであるが、その古い溝の石垣のあいだから鰻が釣れるので、うなぎ屋の印半纏を着た男が小さい岡持をたずさえて穴釣りをしているのをしばしば見受けた。その穴釣りの鰻屋も、この柳のかげに寄って来て甘酒などを飲んでいることもあった。岡持にはかなり大きい鰻が四、五本ぐらい蜿くっているのを、私は見た。

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