TORENDIA
発行所の庭木
高浜虚子
TORENDIA
発行所の庭木
本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
発行所の庭にある棕梠や松、楓などの木々は、周囲の借家に住む人々からの視線を遮る目隠しとして重要な役割を担う。生活にゆとりがなく仕事に追われる発行所の執筆者たちは、二階の間貸しから見下ろされることに不快感を抱き、庭木を育てることに執着する。また、門前に群れる子供たちの無邪気な悪戯や、息苦しい環境と対峙しながら、日々の仕事に向き合う執筆者たちの閉塞感と日常を描く随筆である。
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🎧 発行所の庭木 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう
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発行所の庭には先づ一本の棕梠の木がある。春になつて粟粒を固めた袋のやうな花の簇出したのを見て驚いたのは、もう五六年も前の事である。それ迄棕梠の花といふものは、私は見た事がなかつたのである。見た事はあつても心に留まらなかつたのである。それがこの家に移り住むやうになつて新しく毎日見る棕梠の梢から、黄いろい若干の袋が日に増し大きくなつて来るのを見て始めて棕梠の花といふものを知つた時は一つの驚異であつた。その後の棕梠には格別の変化も無い。梢から矢の如く新しい沢山の葉が放出すると同時に、下葉の方は葉先から赤くなつて来て幹に添ふて垂下して段々と枯れて行く。この新陳代謝は絶えず行はれつつある。或時私は座敷の机にもたれて仕事をして居ると、軒端に何か物影がさして其処に烈しい羽搏きの音が聞えたので驚いて見ると、それは半ば枯れて下つてゐる一本の棕梠の葉に止まつた烏が、自分の重みで其の葉を踏折つた、それに驚いて羽搏いてゐる処であつた。丁度私が見上げた時は、其折れた棕梠の葉を踏み外しながら、烏は羽搏いて他の簇出してゐる棕梠の葉の間から大空へ逃げて行かうとする処であつた。
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