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TORENDIA

十六、七のころ

本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

十六、七歳のころ、流行感冒により病床で過ごした永井荷風は、小田原での転地療養を経て、江戸時代の稗史小説や外国文学、漢詩、俳句に親しむ日々を送る。学校へ復帰した後は、漢詩や俳句に傾倒しつつ、過去の少年時代を回想する自伝的随筆。本作は、過ぎ去った生活の記憶を辿り、その当時の読書や学び、また後に原稿を処分した自身の過去に対する感慨を綴る。

永井荷風

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🎧 十六、七のころ / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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十六、七のころ、わたくしは病のために一時学業を廃したことがあった。もしこの事がなかったなら、わたくしは今日のように、老に至るまで閑文字を弄ぶが如き遊惰の身とはならず、一家の主人ともなり親ともなって、人間並の一生涯を送ることができたのかも知れない。

わたくしが十六の年の暮、といえば、丁度日清戦役の最中である。流行感冒に罹ってあくる年の正月一ぱい一番町の家の一間に寝ていた。その時雑誌『太陽』の第一号をよんだ。誌上に誰やらの作った明治小説史と、紅葉山人の短篇小説『取舵』などの掲載せられていた事を記憶している。

二月になって、もとのように神田の或中学校へ通ったが、一週間たたぬ中またわるくなって、今度は三月の末まで起きられなかった。博文館が帝国文庫という総称の下に江戸時代の稗史小説の復刻をなし始めたのはその頃からであろう。わたくしは病床で『真書太閤記』を通読し、つづいて『水滸伝』、『西遊記』、『演義三国志』のような浩澣な冊子をよんだことを記憶している。病中でも少年の時よんだものは生涯忘れずにいるものらしい。中年以後、わたくしは、機会があったら昔に読んだものをもう一度よみ返して見ようと思いながら、今日までまだ一度もそういう機会に出遇わない。

震災の後、上海の俳優が歌舞伎座で孫悟空の狂言を演じたことがあったが、わたくしはそれを看た時、はっきり原作の『西遊記』を記憶していることを知った。『太平記』の事が話頭に上ると、わたくしは今でも「落花の雪にふみまよふ片野あたりの桜狩」と、海道下りの一節を暗誦して人を驚すことが出来るが、その代り書きかけている自作の小説の人物の名を忘れたりまたは書きちがえたりすることがある。

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