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TORENDIA

母

本文約4,400字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

精神病院に入院中の友人・辰夫を見舞う青年は、自身の打算や戸惑いに苛まれながらも、辰夫の家族との間を奔走する。家庭から見捨てられながらも、母の愛を信じようとすがる辰夫と、その母の冷酷な本性を知る青年。二人の間では沈黙とすれ違いが重なり、互いの精神を追い詰めていく。やがて退院した辰夫を訪ねた青年は、病院で見せた冷淡な態度とは全く異なる、穏やかな母の姿を目の当たりにし、親心の計り知れなさと自身の浅薄さを痛感する。

坂口安吾

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🎧 母 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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畏友辰夫は稀に見る秀才だったが、発狂してとある精神病院へ入院した。辰夫は周期的に発狂する遺伝があって、私が十六の年彼とはじめて知った頃も少し変な時期だった。これ迄は自宅で療養していたが、この時は父が死亡して落魄の折だから三等患者として入院し、更に又公費患者に移されていた。家族達は辰夫の生涯を檻の中に封じる所存か、全く見舞にも来なくなった。

辰夫は檻の中で全快したが、公費患者の退院には保護者の保証が必要であるし、それに辰夫は三等患者時代の費用が百円程借りになっていたので、退院することが出来なかった。辰夫は狂人達と一緒に檻の中で封筒を貼っていたが、一日七銭の稼ぎになると言っていた。

そういうわけで他に訪れる人がなかったので、辰夫は私一人を心待ちにして暮した。ところが私は性来最も頼りにならない男で、自分の親切さには凡そ自信を持たないから、人に信頼されたりすると重苦しくて迷惑するのであった。併し辰夫は毎日の面会が終る度に必ず目に泪を泛べて、「又明日もきっと来て呉れ給えね、君一人を待暮しているのだから」と言い乍ら痩せ衰えた指を顫わせ私の手首をきつく握るものだから、私も余儀なく毎日のように病院へ足を向けた。

初めのうちは寧ろ病院へ行くのが珍らしくもあった。厳めしい石門を潜ってだらしなく迷い込む瞬間から、私も一人の白痴のようにドンヨリしてしまう精神状態が気に入ったり、それに私は、その頃辰夫のほかに全く友達を持たなかったので退屈を持余していたから。それに又全快し乍ら狂人で暮す此の秀才の物語るところが、その奇怪な心境を通して眺められた此の病院の様々な風変りな出来事や、それに対する鋭いそして奇妙な彼の観察や批評等、全てが興味深いもので、いわば私は全く打算的に、面白ずくで此の病院へ日参していた。

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