旅日記
八月二日 晴れて暑い、虹ヶ浜。
午後三時の汽車で徳山へ、白船居で北朗君を待ち合せ、同道して虹ヶ浜へ。
北朗君は一家をあげて連れて来てゐる、にぎやかなことである、そしてうるさいことである(それが生活内容を形づくるのだが)。
いつしよに夕潮を浴びる、海はひろ/″\としてよいなあと思ふ、波に乗つて波のまに/\泳ぐのはうれしい、波のリズム、それが私のリズムとなつてゆれる。
松もよい、松風はむろんよろしい、さく/\踏みありく砂もよい、自然は何でもいつでもよろしいな。
遠慮がないので、また傾け過ぎた、宿のおばあさん――老マダムとでもいはうか――が酒好きで、のんべいの気持が解るのでうれしかつた、二階に一人のんびりと寝せてもらつた。
海、海、波、波、子供、子供、酒、酒、夢、夢!
八月三日 曇、下関。
早くから起きて松原を散歩する、朝の海はことによろしい、同道して、七時の汽車で徳山へ、昨日も今日も応召兵見送でどの駅も混雑してゐる、涙ぐましい風景である。
白船居で昼食をよばれる、酒のことは書くまでもあるまい。
白船君夫婦は幸福だ、円満な家庭とは君らのそれであらう(不幸な家庭とは私のそれであるやうに)。
十二時の列車で九州へ、四時、門司に着いて銀行の岔水君を訪ね、それから局の黎々火君を訪ねる、ビールを飲んで、いつしよに下関へ渡つて別れる、いつものやうに花屋に泊る、夜は地橙孫君を訪ねて話す、ビールやら酒やら泡盛やら飲みすぎて、ふらついてゐるところを検索されてしまつた(彼は新米巡査だつた、手帖が汚したかつたのだらう!)。
何もかも万歳となつて炎天
出征兵
これが最後の日本の飯を食べてゐる汗
潮風強く出て征く人が旗が
八月四日 晴、緑平居。
朝やうやく解放されて帰宿、おかみさんが気の毒がつてくれる、ほんたうに馬鹿らしい出来事だつた。
十時、関門海峡を渡る、一杯ひつかける、一時緑平居着、腹から安心して御馳走になる、腹も空つてゐたので、奴豆腐を二丁までも頂戴した。
夜はラヂオを聞きレコードを聞かせてもらつた。
長い長いトンネルをぬけて炎天
廃坑
日ざかりの煙突また煙吐いてゐる
けふは誰か来てくれさうな昼月がある
親船子船すずしくゆれてゆく