歌の話について
この度、高濱虚子さん・柳田國男先生[#ルビの「やなぎだくにをせんせい」はママ]と御一しょに、この一部の書物を作ることになりました。その高濱さんの御領分の俳句と同樣に、短歌といふものは、ほんとうに、日本國民自身が生み出したもので、とりわけ、きはめて古い時代に、出來上つてゐたものであります。さうして、それが偶然、私の先生でもあり、またあなた方のこの文庫におけるおなじみでもある、柳田國男先生[#ルビの「やなぎだくにをせんせい」はママ]がお書きの諺の成り立ちとも、原因が竝行してゐるのは、不思議な御縁だとおもひます。
一、短歌の起り
短歌は、唯今では一般に、うたといつてゐます。けれども大昔には、うたと名づくべきものが多かつたので、そのうち、一番後に出來て、一番完全になつたものが、うたといふ名を專らにしたのであります。
かういふと、不思議に思ふ方があるかも知れません。あなた方の御覽の書物には、たいてい短歌の起りを、神代のすさのをの尊のお作からとしてゐるでせう。もちろんこれは、古くからのいひ傳へで、あなた方が、古代と考へてゐられる奈良朝よりも、もつと/\以前から、さう信じてゐたのです。だからその點において、そのお歌が、第一番のものでなくとも、何も失望する必要はありません。
短歌の出來るまでには、いろんな形をとほつて來てゐます。第一に、世間の人は、短い單純なものが初めで、それが擴がつて、長い複雜なものとなるといふ考へ方の、癖を持つてゐます。ところが、物質の進化の方面と、精神上のことゝは反對で、複雜なものをだんだん整頓して、簡單にして行く能力の出來て來ることが、文明の進んでゆくありさまであります。短歌などもそれで、日本の初めの歌から、非常な整頓が行はれ/\して、かういふ簡單で、思ひの深い詩の形が、出來て來たのであります。
二、諺と、歌と