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TORENDIA

車上の春光

本文約3,300字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

四月二十九日、病床にあった著者は知人を訪ねるため、今年初めての外出を試みる。車上から街の風景を細かく観察し、本所を巡り亀戸天神へ向かう道中の情景を綴る。天神で泥をさらう人夫たちの姿や、知人宅で絵画や歌について語り合った夜の様子を描写する。帰宅後に高熱を出し、自身の病状とともに一日を通じた道行を記した随筆。

正岡子規

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🎧 車上の春光 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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四月廿九日の空は青々と晴れ渡って、自分のような病人は寝て居る足のさきに微寒を感ずるほどであった。格堂が来て左千夫の話をしたので、ふと思いついて左千夫を訪おうと決心した。左千夫の家は本所の茅場町にあるので牡丹の頃には是非来いといわれて居たから今日不意に出て驚かしてやるつもりなのだ。格堂はさきへ往て左千夫の外出を止める役になった。

昼餉を食うて出よとすると偶然秀真が来たから、これをもそそのかして、車を並べて出た。自分はわざと二人乗の車にひとり横に乗った。

今年になって始めての外出だから嬉しくてたまらない。右左をきょろきょろ見まわして、見えるほどのものは一々見逃すまいという覚悟である。しかしそれがためにかえって何も彼も見るあとから忘れてしまう。

暗い丈夫そうな門に「質屋」と書いてある。これは昔からいやな感じがする処だ。

竹垣の内に若木の梅があってそれに豆のような実が沢山なって居るのが車の上から見える。それが嬉しくてたまらぬ。

狸横町の海棠は最う大抵散って居た。色の褪せたきたない花が少しばかり葉陰に見える。

仲道の庭桜はもし咲いて居るかも知れぬと期して居たが何処にもそんな花は見えぬ。かえってそのほとりの大木に栗の花のような花の咲いて居たのがはや夏めいて居た。車屋に沿うて曲って、美術床屋に沿うて曲ると、菓子屋、おもちゃ屋、八百屋、鰻屋、古道具屋、皆変りはない。去年穴のあいた机をこしらえさせた下手な指物師の店もある。例の爺さんは今しも削りあげた木を老眼にあてて覚束ない見ようをして居る。

やっちゃ場の跡が広い町になったのは見るたびに嬉しい。

坂本へ出るとここも道幅が広がりかかって居る。

二号の踏切まで行かずに左へ曲ると左側に古綿などちらかして居るきたない店がある。その店の前に腰掛けて居る三十余りのふっくりと肥えた愛嬌の女が胸を一ぱいにあらわして子供に乳を飲ませて居る。子供は赤いちゃんちゃんを着て居る。その傍に並んで腰を掛けて居るのが五十位の女で、この女がしきりに何かをしゃべって居るらしい。

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