針の木のいけにえ
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あらすじ(AIが作成しました)
信濃大町へスキー登山に訪れた早稲田大学山岳部の十一人は、針ノ木峠付近の針ノ木本谷を登る最中、なだれに巻き込まれる。全員が雪に埋没する中、自力で脱出した数名が生存者を救出し、急報のため山を下りる。救助隊が結成され現場での発掘作業が試みられるが、雪が降り続く悪天候と固く凍りついた雪により捜索は難航する。生存者や遺族による必死の捜索も及ばず、数日後、捜索作業は無念のうちに中断される。
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松本から信濃鉄道に乗って北へ向かうこと一時間六分、西に鹿島槍の連峰、東には東山の山々を持つ大町は安曇高原の中心として昔から静かに、ちんまりと栄えて来た町である。もちろん信州でも北方に位するので、雪は落葉松の葉がまだ黄金色に燃えているころからチラチラと降り始めるが、昨年(昭和二年)は概していうと雪の来ることがおそかった。が、来るべきものは来ずにはおかぬ。十二月二十三日の晩から本式に降り出して翌日も終日雪。その翌日、即ち二十五日の朝、信濃鉄道の電車は十一人の元気な若者たちを「信濃大町」の駅へ吐き出した。いずれもキリッとしたスキーの服装に、丈夫なスキーを携え、カンジキを打った氷斧を持って、大きな荷物はトボガンにのせ、雪を冒して旅館対山館に向かった。彼らの談笑の声はこたつにかじりついていた町の人々の耳を打った。ああ、早稲田の学生さんたちが来ただ! 町の人々はこういって、うれしく思うのであった。ここ三年間、毎年冬になると雪が降る、雪が降ると早稲田の学生さんたちが大沢の小屋へスキーの練習に入る。で、今年が四度目。雪に閉じ込められて、暗い、寂しい幾月かを送る町の人々にとっては、この青年たちが来ることが一種の興奮剤となり、かつ刺激となるのである。
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対山館のあがりかまちに積まれた荷物の質と量とは、山に慣れた大町の人々をも驚かすほどであった。食糧、防寒具、薬品、修繕具その他……すべて過去における大沢小屋こもりと針ノ木付近の山岳のスキー登山とから来た尊い経験が、ともすれば危険を軽視しようとする年ごろの彼らをして、あらゆる点に綿密な注意を払わしめた。人間は自己の体力と知力とのみをたよりに、凶暴なる自然のエレメントと対抗しようとする時、その凖備についてのみでも、ある種の感激を持たずにはいられない。この感激が人を崇高にし、清白にする。この朝大町に着いた若い十一人は、かくの如き感激を胸に秘めた幸福な人々であったのである。
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対山館の宿帳には左の如く記された。
近藤 正 二十四
渡辺 公平 二十一
河津 静重 二十一
山田 二郎 二十三
江口 新造 二十二
富田 英男 二十三