TRENDIA CLASSIC
五月より
泉鏡太郎
1 / 3
五月
卯の花くだし新に霽れて、池の面の小濁り、尚ほ遲櫻の影を宿し、椿の紅を流す。日闌けて眠き合歡の花の、其の面影も澄み行けば、庭の石燈籠に苔やゝ青うして、野茨に白き宵の月、カタ/\と音信るゝ鼻唄の蛙もをかし。鄙はさて都はもとより、衣輕く戀は重く、褄淺く、袖輝き風薫つて、緑の中の涼傘の影、水にうつくしき翡翠の色かな。浮草、藻の花。雲の行方は山なりや、海なりや、曇るかとすれば又眩き太陽。
六月
遠近の山の影、森の色、軒に沈み、棟に浮きて、稚子の船小溝を飛ぶ時、海豚は群れて沖を渡る、凄きは鰻掻く灯ぞかし。降り暮す昨日今日、千騎の雨は襲ふが如く、伏屋も、館も、籠れる砦、圍まるゝ城に似たり。時鳥の矢信、さゝ蟹の緋縅こそ、血と紅の色には出づれ、世は只暗夜と侘しきに、烈日忽ち火の如く、窓を放ち襖を排ける夕、紫陽花の花の花片一枚づゝ、雲に星に映る折よ。うつくしき人の、葉柳の蓑着たる忍姿を、落人かと見れば、豈知らんや、熱き情思を隱顯と螢に涼む。君が影を迎ふるものは、たはれ男の獺か、あらず、大沼の鯉金鱗にして鰭の紫なる也。
七月
山に、浦に、かくれ家も、世の状の露呈なる、朝の戸を開くより、襖障子の遮るさへなく、包むは胸の羅のみ。消さじと圍ふ魂棚の可懷しき面影に、はら/\と小雨降添ふ袖のあはれも、やがて堪へ難き日盛や、人間は汗に成り、蒟蒻は砂に成り、蠅の音は礫と成る。二時さがりに松葉こぼれて、夢覺めて蜻蛉の羽の輝く時、心太賣る翁の聲は、市に名劍を鬻ぐに似て、打水に胡蝶驚く。行水の花の夕顏、納涼臺、縁臺の月見草。買はん哉、甘い/\甘酒の赤行燈、辻に消ゆれば、誰そ、青簾に氣勢あり。閨の紅麻艷にして、繪團扇の仲立に、蚊帳を厭ふ黒髮と、峻嶺の白雪と、人の思は孰ぞや。
八月
泉鏡太郎の他の作品
TRENDIA CLASSIC
熱海の春
泉鏡太郎
熱海の春
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
麻を刈る
泉鏡太郎
麻を刈る
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
淺茅生
泉鏡太郎
淺茅生
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
飯坂ゆき
泉鏡太郎
飯坂ゆき
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
霰ふる
泉鏡太郎
霰ふる
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
雨ふり
泉鏡太郎
雨ふり
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
十六夜
泉鏡太郎
十六夜
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
一席話
泉鏡太郎
一席話
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
印度更紗
泉鏡太郎
印度更紗
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
畫の裡
泉鏡太郎
畫の裡
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
艶書
泉鏡太郎
艶書
泉鏡太郎
TRENDIA CLASSIC
大阪まで
泉鏡太郎
大阪まで
泉鏡太郎