TRENDIA CLASSIC

祭のこと

泉鏡太郎

1 / 3

いまも中六番町の魚屋へ行つて歸つた、家内の話だが、其家の女房が負ぶをして居る、誕生を濟ましたばかりの嬰兒に「みいちやん、お祭は、――お祭は。」と聞くと、小指の先ほどな、小さな鼻を撮んぢやあ、莞爾々々、鼻を撮んぢやあ莞爾々々する。

山王樣のお渡りの、猿田彦命の面を覺えたのである。

それから、「お獅子は? みいちやん。」と聞くと、引掛けて居る半纏の兩袖を引張つて、取つてはかぶり、取つてはかぶりしたさうである。いや、[#「いや、」は底本では「いや、、」]お祭は嬉しいものだ。

――今日は梅雨の雨が、朝から降つて薄ら寒い。……

潮は其の時々變るのであらうが、祭の夜は、思出しても、何年にも、いつも暗いやうに思はれる。時候が丁ど梅雨にかゝるから、雨の降らない年の、月ある頃でも、曇るのであらう。また、大通りの絹張の繪行燈、横町々々の紅い軒提灯も、祭禮の夜は暗の方が相應しい。月の紅提灯は納涼に成る。それから、空の冴えた萬燈は、霜のお會式を思はせる。

日中の暑さに、酒は浴びたり、血は煮える。御神輿かつぎは、人の氣競がもの凄い。

五十人、八十人、百何人、ひとかたまりの若い衆の顏は、目が据り、色は血走り、脣は青く成つて、前向き、横向き、うしろ向。一つにでつちて、葡萄の房に一粒づゝ目口鼻を描いたやうで、手足の筋は凌霄花の緋を欺く。

御神輿の柱の、飾の珊瑚が※[#「火+發」、U+243CB、218-5]と咲き、銀の鈴が鳴据つて、鳳凰の翼、鷄のとさかが、颯と汗ばむと、彼方此方に揉む状は團扇の風、手の波に、ゆら/\と乘つて搖れ、すらりと大地を斜に流るゝかとすれば、千本の腕の帆柱に、衝と軒の上へまつすぐに舞上る。……

わつしよ、わつしよ、わつしよ、わつしよ。  もう此時は、人が御神輿を擔ぐのでない。龍頭また鷁首にして、碧丹、藍紅を彩れる樓船なす御神輿の方が、います靈とともに、人の波を思ふまゝ釣るのである。

御神輿は行きたい方へ行き、めぐりたい方へめぐる。殆ど人間業ではない。

泉鏡太郎の他の作品