竹の里人 一
本文約2,000字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
明治三十三年から著者が親しんだ故先生の日常と、その門下で繰り広げられた歌会の様子を綴る。食欲旺盛で健啖家な先生と、夜を徹して議論を交わした日々の記憶が語られる。議論の場では厳しく論客を追い込む冷徹さを見せる一方、普段は情に厚い側面も持ち合わせる人物像を描く。先生の厳しい批評や選歌に一喜一憂しながら、切磋琢磨して歌の道を歩んだ同人たちの情熱と、歌を通じた精神的な高まりを回想する一編である。
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同人が各自、種々なる方面より見たる故先生をあらはさむことにつとむ
考へて見ると實に昔が戀しい、明治三十三年の一月然かも二日の日から往き始めた予は、其以前の事は勿論知らぬのであるが、予が往き始めた頃はまだ頗る元氣があつたもので、食物は菓物を尤も好まれたは人も知つてゐるが、甘い物なら何でも好きといふ調子で、壯健の人をも驚かす位喰ふた、御馳走の事といつたら話をしても悦んだ程で、腰は立なくとも左の片肘を突いて體をそばだてゝゐながら、物を書く話をする、余所目にも左程苦痛がある樣には見えなかつた。
物はいくらでもくふ話はいくらでもする、予の如き暢氣な輩は夜の十二時一時頃まで話をすることは敢て珍しくはなかつた、或夜などは門の扉が何か音がするなと思つたら翌日の新聞を配達して來たといふ譚で家へ歸つたら三時であつた、こんな鹽梅であるから實に愉快でたまらなかつた、予の如きは往く時から既に先生は千古の偉人だと信仰して往つたのであるから、其愉快といふものは實に話に出來ぬ位、其人に接し其話を聞き、御互に歌を作つては、しまひに批評して呉れるので、一回毎に自分は高みへ引揚げられる樣な心持であつた。
固より趣味の程度が違つてゐるから、自分のいふ所多くは先生の考と一致しない、先生のいふ所又一寸分らぬことが少くない、それで質問される、質問する自分の非なることが直ぐ分る時と分らぬ時がある、分らぬ時は自ら衝突する、自分にも負惜みがあるから、右へ逃げ左に逃げ種々にもがきながらも、隨分烈しき抗辨をする、こうなると先生の頭はいよ/\さえてくる、益々鋭利になる、相手を屈服させなければ止まぬといふ勢で、鐵でも石でも悉く斷ち割るべきケンマク、そこまでくると降伏し樣にも降伏もさせない、骨にシミル樣な痛罵を交じへられる、こんな時には畏しく悲しくなることがある、先生は一面に慥に冷酷な天性を持つてゐらるゝなどゝ感ずるのは如斯塲合にあるのであツた。