軍艦金剛航海記
本文約6,600字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
軍艦金剛に乗船した著者が、航海中の艦内で過ごす日々を描く。少尉たちとの会話や夕飯時の喧騒、艦首から眺める訓練風景や、ハムモックの下で本を読む水兵の姿などを観察する。深夜の汽罐室の凄まじい労働や士官次室での宴席、さらには酒に酔う山本大尉の議論を聞きながら、著者は船上の非日常的な生活を体験する。やがて艦が瀬戸内海へ入ると、砲身にとまる蝶に初夏の陸地を想い、航海は目的地へと向かう。
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一
暑いフロックを夏の背廣に着換へて外の連中と一しよに上甲板へ出てゐると、年の若い機關少尉が三人やつて來て、いろんな話をしてくれた。僕は新米だから三人とも初對面だが、外の連中は皆、教室で一度は講義を聞かせた事のある間柄である。だから、僕は圈外に立つておとなしく諸君子の話を聞いてゐた。すると其少尉の一人が横須賀でSとSの細君と二人で散歩してゐるのに遇つたら、よくよく中てられたと見えて、其晩から腹が下つたと云ふ話をした。外の連中はそれを聞くと、あははと大きな聲を出した。唯新婚後間のないSだけはその仲間にはいらなかつた。これは嬉しさうに、にやにや笑つたのである。自分は、夕日の光を一ぱいに浴びた軍港を眺めながら、新らしい細君を家に殘して來たSに對して憐憫に近い同情を感じた。さうしたら、何故か急に旅らしい心細い氣もちになつた。
標的を曳いてゐる艦は、さつきから二隻の小蒸汽に艦尾を曳かれて、方向を右に轉じようとしてゐる。素人眼には、小蒸汽の艫に推進機が起してゐる、白い泡を見ても、どれほどその爲にこの二萬九千噸の巡洋艦が動いてゐるかわからない。先に錨をあげた榛名は既に煙を吐き乍ら徐に港口を西に向つて、離れようとしてゐる。それがまた、梅雨晴れの空の下に起伏してゐる山々の鮮な緑と、眩ゆく日の光を反射してゐる水銀のやうな海面とを背景にして、美しいパノラミックな景色をつくつてゐる。この光景を眺めた僕には、金剛の容易に出航しさうもないのが聊かもどかしく思はれた。そこで、又外の連中の話に加はつて、このもどかしさを紛らせようとした。