時 一九二〇年の晩秋
処 墺伊の国境に近きチロル・アルプスの小邑コルチナ。
人
アマノ
ステラ
エリザ
ホテル・パンシヨンの食堂。午後七時。
ストーブの火が燃えてゐる。
ステラ、喪服、ヴエールで眼を覆つてゐる。珈琲を飲みながら、書物の頁を繰る。
エリザ、珈琲注ぎを持ちたるまま、傍らに立つ。
ほかに誰もゐない。
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エリザ 明日はあなたがおたち、明後日はアマノさん……。 さうすると……
あとは、此のホテルも空つぽ……
沈黙
ステラ 汽車の時間はわかつて。 エリザ まだ伯父さんが帰つて来ませんの。 もう一日お延ばしになつたら……。
ステラ だつて、もう荷物ごしらへをしてしまつたんですもの……(間) それに……
雪でも降り出すと厄介だし……。
エリザ 大丈夫ですわ、まだ…… 牧場のサフランが咲いてゐるうちは……(間)
でも……急に寒くなりましたわね。
ステラ 折角、いい落ち着き場所を見つけたと思つてゐたのに……。 エリザ あなたのやうに、夏はどこ、冬はどこつて、自由に旅行がなされる方は、おしあはせですわ。 ステラ あたしも、出来ることなら、一と処に落ちついて暮したいの……(間) これでもう、一人ぽつちの旅を二年……
何処へ行つても、何か知ら気に入らないことがあつて、かうやつて方々を歩き廻つてゐるんだわ。
エリザ アマノさんも、そんなことをおつしやつてましたわ…… あの方も、お国をお出になつてから、随分になるんですつてね――
寒いのは、かまはないから、ここに置いてくれつておつしやるんですけど、あの方お一人の為めに、このホテルを開けて置くわけにも行きませんし……。
ステラ (書物に眼を落として)フロレンスへいらつしやるんですつて、あの方……? エリザ さあ……。 それもまだ、はつきりお決めになつたわけぢやないんでせう。
あなたが、シシリイへいらつしやるつていふお話をしたら……
ステラ (笑ひながら、眼をあげて)なんて?
此の時、アマノ、手にサフランの花束を持ちて入り来る。