麺麭屋文六の思案(二場)
本文約10,600字 ・ 読了時間 約22分
あらすじ(AIが作成しました)
大正時代の首都の場末に暮らす麺麭屋の文六一家と止宿人の京作を軸に描く。文六は娘のおちかと関係を持つ京作を家から出そうと図るが、家族の軋轢や将来への迷いが交錯する。そんな中、街では死が迫る予兆が漂い、新聞記者の万籟が人間の生や信条について極端な思想を説く。家族それぞれが自身の抱える問いや情愛と向き合い、混乱の中で各自の選択に向かっていく様子を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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人物
文六 五十五歳
おせい―その妻 四十五歳
廉太―その悴 二十三歳
おちか―その娘 十七歳
常吉―丁稚 十六歳
京作―止宿人 四十二歳
万籟―新聞記者 三十八歳
時 大正×十×年の冬
処 首都の場末
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第一場
麺麭屋の店に続きたる茶の間。
文六、おせい、廉太、おちか、食卓を囲み、常吉は少しはなれて別の膳につき、何れも食事をしてゐる。午後六時。
文六 (汁を啜りたる後)おせい、また生姜を忘れたな。浅蜊に生姜、豆腐に葱、台所に貼り付けとけ。 おせい (飯を頬張りたるまゝ)あれだけおちかに云つといたんだけれど……。縁の取れた目笊の中に、いつかのがまだありやしないかい。 おちか (指で口から髪の毛を抜き取りながら)常公、お前忘れたね、いやだ。(おせいに)もうないの。 常吉 生姜もでしたか、そいつあ聞きませんでしたぜ。 おちか この人に用を頼むと、いつでもこれ、しやうがあれや…… 廉太 (むきになつて)馬鹿。(空の茶碗をおちかの方に突き出す)下らない洒落はよせ。 おちか (あつけに取られて、廉太の顔を見る。飯をつけ終るや、投げ出すやうに茶碗を下に置き、わつと泣き出す) おせい (廉太に)お前もまたなんだね、それくらゐのことを……。 文六 よせよせ、泣くのは。洒落るつもりでもなかつたらう。おれが贅沢を云つたのが悪かつた。此の寒空に温かいものも食べられない人間がいくらもあるんだ。 おせい お父ツつあん、御飯は。 文六 うむ、まあ待て。(盃を口に当てる)
(此の時、階段の途中より、梶本京作、薬缶を持ちたる手を差出し、半身を見す)