TRENDIA CLASSIC
麺麭屋文六の思
案(二場)
岸田國士
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人物
文六 五十五歳
おせい―その妻 四十五歳
廉太―その悴 二十三歳
おちか―その娘 十七歳
常吉―丁稚 十六歳
京作―止宿人 四十二歳
万籟―新聞記者 三十八歳
時 大正×十×年の冬
処 首都の場末
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第一場
麺麭屋の店に続きたる茶の間。
文六、おせい、廉太、おちか、食卓を囲み、常吉は少しはなれて別の膳につき、何れも食事をしてゐる。午後六時。
文六 (汁を啜りたる後)おせい、また生姜を忘れたな。浅蜊に生姜、豆腐に葱、台所に貼り付けとけ。 おせい (飯を頬張りたるまゝ)あれだけおちかに云つといたんだけれど……。縁の取れた目笊の中に、いつかのがまだありやしないかい。 おちか (指で口から髪の毛を抜き取りながら)常公、お前忘れたね、いやだ。(おせいに)もうないの。 常吉 生姜もでしたか、そいつあ聞きませんでしたぜ。 おちか この人に用を頼むと、いつでもこれ、しやうがあれや…… 廉太 (むきになつて)馬鹿。(空の茶碗をおちかの方に突き出す)下らない洒落はよせ。 おちか (あつけに取られて、廉太の顔を見る。飯をつけ終るや、投げ出すやうに茶碗を下に置き、わつと泣き出す) おせい (廉太に)お前もまたなんだね、それくらゐのことを……。 文六 よせよせ、泣くのは。洒落るつもりでもなかつたらう。おれが贅沢を云つたのが悪かつた。此の寒空に温かいものも食べられない人間がいくらもあるんだ。 おせい お父ツつあん、御飯は。 文六 うむ、まあ待て。(盃を口に当てる)
(此の時、階段の途中より、梶本京作、薬缶を持ちたる手を差出し、半身を見す)
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