TRENDIA CLASSIC

雑器の美

柳宗悦

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無学ではあり貧しくはあるけれども、彼は篤信な平信徒だ。なぜ信じ、何を信ずるかをさへ、充分に言ひ現せない。併しその素朴な言葉の中に、驚くべき彼の体験が閃いてゐる。手には之とて持物はない。だが信仰の真髄だけは握り得てゐるのだ。彼が捕へずとも神が彼に握らせてゐる。それ故彼には動かない力がある。

私は同じやうなことを、今眺めてゐる一枚の皿に就いても云ふことが出来る。それは貧しい「下手」と蔑まれる品物に過ぎない。奢る風情もなく、華やかな化粧もない。作る者も何を作るか、どうして出来るか、詳しくは知らないのだ。信徒が名号を口ぐせに何度も唱へるやうに、彼は何度も何度も同じ轆轤の上で同じ形を廻してゐるのだ。さうして同じ模様を描き、同じ釉掛けを繰返してゐる。美が何であるか、窯芸とは何か。どうして彼にそんなことを知る智慧があらう。だが凡てを知らずとも、彼の手は速やかに動いてゐる。名号は既に人の声ではなく仏の声だと云はれてゐるが、陶工の手も既に彼の手ではなく、自然の手だと云ひ得るであらう。彼が美を工夫せずとも、自然が美を守つてくれる。彼は何も打ち忘れてゐるのだ。無心な帰依から信仰が出てくるやうに、自から器には美が湧いてくるのだ。私は厭かずその皿を眺め眺める。

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