沖縄の思い出
本文約7,700字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
柳宗悦が、かつて沖縄の研究を志すも果たせなかった経験を経て、昭和十三年以降に同地を度々訪れ、その固有の文化や風物に触れた体験を綴る。著者らは現地で民藝の調査・研究に邁進し、音楽・舞踊・詩歌が一体となった独自の生活文化や、日本文学の古典にも匹敵する沖縄文学の豊かさに驚嘆する。滞在中の経験や人々との出会い、方言価値論争、そして戦災による文化財や知己の喪失を通じ、沖縄の文化的な矜持の重要性を説く。
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尚昌侯は私の同級生でした。幾度かの機会に沖縄の品々を見ていたく心を打たれた私は、ついにその研究を志すに至り、侯爵にこの相談をしたことがあります。あらゆる便宜を計るからとの答です、私も旅の用意をあれこれとしていたのですが、思いがけなくもほどなく侯爵は他界されてしまったのです。それは大正十二年のことでした。このことは私の沖縄行を挫折させました。時折思い出しては、機会を失ったことを惜しく思いました。ただ様々にその島のことを胸に描くのみでありました。
ある人たちの話では、島の生活ももう変ってしまって、既に時期がおそく、別にこれとて見るべきものも残ってはいないだろうとのことでありました。しかしその頃よく渡って来た「びん型」などを見ると、ただただ驚きで不思議で、この島の持つ魅力はいや増すばかりでありました。
間もなく関東の震災が起ったり、居を京都に移したり、また外遊したりしている間に、早くも十年ほど過ぎてしまいました。しかしその頃日本民藝館の設立に志して、種々な材料を集めていたので、必然に沖縄のことが思い出され一度はどうしても行きたいと、その願いを強めるばかりでした。ついにそれが果されるに至ったのは、偶々沖縄県の学務部長に赴任された山口泉氏からの招聘があったからによるのであります。私は心を躍らせて海を渡りました。それは昭和十三年の暮のことでありました。そうしてこの最初の訪問は、引き続き再度三度の訪問を誘わないではおきませんでした。中でも民藝協会の人たちと協同して、一軒の家を借り調査に研究に製作にいそしんだ数カ月間の滞在は、私たちを一入この島の人たちや風物に近づけました。私たちはまるで宝の山に入ったような想いでありました。