ある親子の問答(一幕)
本文約9,200字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
夏のおわりの山上のホテルを舞台に、青年と母が親子としての対峙を繰り広げる。青年は血のつながりや親譲りの幸福を呪い、親という存在を否定して支配的な態度をとる。一方、母はそんな息子を理解しようと努めつつ、葛藤しながらも従い続ける。物語は、親子の関係に執着する両者の対話と、青年が自身の内なる苦悩や思想と戦う極限の心理状態を描き、二人の危うい均衡と精神的な相克を浮かび上がらせる一幕劇。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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山上のホテル――食堂のベランダ、夏のをはり――午後九時頃。
テーブルに、青年とその母が向ひ合つてゐる。
青年 もうおやすみになつたら如何です。だいぶん冷えて来ました。 母 こんなに晴れた空を見るのは久しぶりだね。――寝るのが惜しいやうだ。 青年 僕は少し考へごとがあるんですから、しばらく一人きりにして下さい。――お部屋からでも空は見えるでせう。 母 そんなにいつまでも空を見てゐる気はないよ。寝るのは惜しいといつたのは、かうしてお前と二人きりでゐるのも、さう長いことぢやないと思つたからさ。 青年 さういふことをおつしやるもんぢやありません。――お母さんが、いつも不用意に口になさるお言葉を、僕は繰返し繰返し考へるんですよ。さうすると、始めは意味のない言葉が、僕の頭の中で、だんだん大きな意味をもち出すんです。何時かも、お母さんは、僕の目が死んだお父さんの目に似て来たつておつしやつたでせう。なるほど、それはさうかも知れません。子が親に似るのは当り前ですもの。だからつて、それを故さら、不思議なことのやうにおつしやる必要はないでせう。僕は、なんのために、お母さんがさういふやうなことを口に出しておつしやるのか、わからなかつたんです。考へれば考へるほどわからなくなります。しかし、たうとう、それに理窟をつけてしまふんです。さうすると安心ができるかといへば、それはさうでなく、その時から、僕の心の底に、なんだか重いもの――例へば大きな不安の塊のやうなものができるんです。 母 お前はなんでもないことをむつかしく考へるからいけないの。 青年 なんでもないことですか、それが……?
長い沈黙。