貪婪禍
本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
南伊豆の山村に滞在する作家が、不親切な宿の女中とのやり取りや、夏の暑さの中で感じる閉塞感と苛立ちを綴る。土地の風景や人々の営みに対し、客観的あるいは冷笑的な視線を向け、旅先でも心から安らぐことのない自身の内面を考察する。日常の些細な出来事から、他者の幸福な情緒と相容れない作家の苦悩や、物事の背後にある生活の現実を直視してしまう歪んだ視座を浮き彫りにし、自身の孤独な精神状態を吐露する。
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七月三日から南伊豆の或る山村に來てゐるのだが、勿論ここは、深山幽谷でも何でもない。温泉が湧き出てゐるといふだけで、他には何のとるところも無い。東京と同じくらゐに暑い。宿の女中も、不親切だ。部屋は汚く食事もまづい。なぜこんな所を選んだのかと言へば、宿泊料が安いだらうと思つたからである。けれども、來て見ると、あまり安くもない。一泊五圓以上だ。一日の豫定の勉強が濟んで、温泉へ入り、それから夕食にとりかかるのであるが、ビールを一ぱい飮みたくなつて女中さんに、さう言ふと、
「ございません。」とハツキリ答へる。けれども、女中さんの顏を見ると、嘘だといふことがわかるので、
「ぜひ飮みたいんだ。たつた一本でいいのですから。」と笑ひながら、ねだると、
「ちよつとお待ち下さい。」と眞面目な顏で言つて、部屋を出て行く。しばらく經つと、やはり眞面目な顏をして部屋へやつて來て、
「あの、少し値が張りますけれど、よろしうございますか。」と言ふ。
「ええ、かまひません。二本もらひませう。」と、こちらも拔け目がない。
「いいえ、一本だけにしていただきます。」
いやに冷淡に宣告する。
このごろは宿屋も、ひどく、おたかく止つてゐる。物資不足は、私だつて知つてゐる。無理なことはしない。お氣の毒ですが、とか何とか、ちよつと言ひかたを變へれば、雙方もつと、なごやかに行くのに、どうも、ばかにつんけんしてゐる。勢ひ、客も無口になる。甚だ重苦しい。少しも、のんびりしない。私は寄宿舍で勉強してゐる學生のやうである。
窓の外の風景を眺めても、別段たいしたこともない。低い夏山、山の中腹までは畑地である。蝉の聲がやかましい。じりじり暑い。なぜ、わざわざ、こんなところへ來たかと思はれる。