久保田万太郎
本文約610字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
東京の文藝通信で久保田万太郎へ電話をかけようと思案する著者の心理を描く。病気で酒が飲めず、酩酊した自分をも許し受け入れてくれる唯一の存在である久保田との関係性や、田舎暮らしにおける文学を語る友のない孤独を綴る。上京した折には再び闊達に交流したいという切実な願いを込めて、過去の記憶を辿りつつ、文筆の傍らで渦巻く複雑な胸中を回想的に記す随筆である。
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きのふしばらくぶりで東京へ行き「文藝通信」の机でこれを書かうと二時間あまりもぼんやりしてゐたが久保田さんときくといつそ目の前の電話機をとりたくなつて、だがとうとうその決心もつかなかつた。それといふのは、先生から名ざされた「飲み友達七人」なる末席の栄を担ふ小生たるもの、何かの罰があたつて冬からかけてのブラブラ病ひで、酒といふものが云ひやうもなく口にはいらぬのである。無理やりに注ぎこんでも一向に酔ひもしないといふ奇病患者なのである。久保田氏はさういふ病態の小生を持ち扱ふこと夥しい。おもふだにこの胸は冷えるのだ。その代りこの男が、どんなに馬鹿々々しく酔つぱらつて、どんなにしどけない野蛮人と化しても、何故ともなくはつきりとゆるして呉れる(さういふわけでもないんだらうが、凡そそれについては自信のない小生に少くともさうおもはせて呉れる)唯一の先台である。後悔のほぞばかり噛みがちな酩酊輩にとつては、慈雨にもまさるありがたさである。今度の上京の節は健康をとり戻して、田舎弁いともさわやかに、大手をふるつて闖入したきもの――など、考へはぢめると、僕は、今、云ひやうもなく興奮して来て、ペンなども持つて居られなくなつた。
兎角、田舎に住むと、文学を語る友の無い無縁孤独。この前僕が、ひどくぼんやりしてゐると、氏は、三十九ぢやもの――と元気づけてくれるやうにわらつて、あれは何時何処で、そしてその時はどんな風にわかれたものだつたか。
完