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TORENDIA

岬の春霞

本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

横須賀の宿に滞在する「わたし」は、ある夜、露路で泥酔しうめく水兵・大田黒と出会う。介抱をきっかけに親交を深めた二人は、街で酒を飲み語り合い、互いに写真を撮るなど交流する。大田黒が所属する艦隊は突如として出航し、街から水兵の群れが姿を消す。数日後、手元に残された記念写真を眺めながら、夢のような時間と別れを回想し、春霞の向こうへ巡航していった艦隊の姿に思いを馳せる。

牧野信一

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🎧 岬の春霞 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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いつまでつゞくか、仮寝の宿――わたしは、そのとき横須賀に置いた家族から離れて湘南電車で二駅離れた海ふちの宿にゐた。東京からあそびに来てゐる若い友達のRと、文学と人生のはなしに耽つてゐると、飛行機の爆音が、屋根裏にとゞろいて、耳を聾し、はなし声を消して、ふたりは黙劇の人物のやうに、眼を視合せたり、上眼をつかつたりするだけだつた。

窓に乗り出して、さかさまに見る海のやうな青空を、こつちも宙返りでも演じてゐる如きおもひで見あげると、三体の戦闘機の、けふもまた凄まじい演習だつた。銀色の翼が陽をうけて翻ると、金色に光つて、上を下へと、さながら三羽の金翅鳥が戯れてゐるかのやうなきらびやかな長閑さに見えた。白く煙つた碧い海原には、もはや春霞がたつて、観音崎の出鼻から現れたアメリカ航路の船が、その乗員たちも一勢に空の戦ひを見あげてゐるだらう、とおもはれるやうに鈍い船あしに見えた。島の向うに、台場のやうに浮んでゐるのは、航空母艦の赤城か、鳳翔なんだが、大概もう今では一見して、それと判別出来るほどになつてゐるのに、明る過ぎる陽炎にさへぎられて、かたちが定かに見えぬのであつた。わたしは、一両日中にRを案内して軍港見学の許可を乞ひ、鳥海、摩耶、愛宕その他を拝観する念願だつた。――艦隊は暮から冬へかけて一勢に碇を降し、街はいつも水兵の群で賑はつてゐた。

横浜へRと活動を観に行つて、夜更けに宿へ曲る薄暗い露路にさしかゝると、水兵がひとり垣根の傍らに倒れて、うめき声をあげてゐるのが、月あかりに透かされた。そして、苦しい/\と唸るので、わたしは慌てゝ宿からサイダーをもらつて介抱すると、やがて泥酔の彼は、バネ仕掛のやうに飛びあがつて、不動の姿勢と同時に、厳めしい挙手の礼を保つのであつた。彼の両眼には涙が溜つてゐたが、いつまでも姿勢をくづさずに相手の顔を視詰めてゐるので、わたしは、困り、

「しつかり、歩け!」

といひ棄てゝ立ち去つた。

「ハツ、気をつけるでありますツ!」

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