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TORENDIA

失うた帳面を記憶力で書き復した人

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

周防大島願行寺の強記な僧に関する逸話を発端として、南方熊楠は古今東西の優れた記憶力を持つ人物の記録を列挙する。蜀山人や林道春といった日本の文人の事例を始め、中国の明や南宋、唐の書物に記された染物屋の帳簿を一度見て暗記した人物たちの伝承を順次紹介し、班固の『前漢書』に見える最古の事例に至るまで、文献資料を基に強記にまつわる類話の変遷と広がりを論じる。

南方熊楠

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🎧 失うた帳面を記憶力で書き復した人 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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五年九号四二頁に宮本君が書いた、周防大島願行寺にむかし住んだ、非常に強記な僧の話は、和漢諸方に古来類話が多い。今ほぼその話を添えられた本人どもの時代の新古に順次して、左のごとく列ね挙げる。

「蜀山人は、(中略)伝えていう、かの人江都小田原町辺の魚肆に因みありて往きかいけるが、一日かの家に往きけるおり、店にありける帳を把って、漫に披閲しけれども、その身に無用の物なれば、熟視するというにはあらず、物語などする間に間に、始めより終りまでくりてみたりしが、そのままに掻いやり捨てて気にもとめず。かくて帰り来たりしが、その家祝融氏の怒りに触れて、たちまち灰燼となりぬ。よって蜀山も彼処へゆき、その無事に火を避けしや否をとうに、主答えて、おのおの無事なり、さわれ不慮なる急火にして、家財は大半失いぬ、そはとまれかくもあれ、店にありつる帳を焼きつ。こは浜方より運送の多寡、かつ諸方への出入り勘定、みなことごとく帳に託す。しかればかの帳はわが家産なるを、遽しき騒ぎに紛れ、焼き失いしや弗にみえず。これ身においての大難なりと、眉をひそめて吐息をつけば、蜀山しばしありていうよう、そは例もこの店先にある日用諸雑記の帳なるか、もしそれならばわれ覚えたり、いざいざ書いて得させんとて、新しき帳を開き、ことごとく写し認めて与えにければ、主の男はかつ感じかつ歓びけり、云云」(嘉永三年、中村定保輯『松亭漫筆』二)。

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