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TORENDIA

半日

本文約16,500字 ・ 読了時間 約34分

あらすじ(AIが作成しました)

大学教授の夫、その母、そして妻が暮らす西片町の邸宅で、孝明天皇祭の朝を迎える。台所から聞こえる母の物音を不快に感じる妻は、家庭の経済権を巡り、同居する姑への根深い反感を夫にぶつける。母との関係に苦悩しつつ妻の精神状態を案じる夫は、西洋的思想と日本の伝統的な孝の概念の間で揺れ動く。朝の静寂の中で繰り返される夫婦の葛藤と、近代特有の歪みを抱えた家族の日常の一断面を描く。

森鴎外

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六疊の間に、床を三つ並べて取つて、七つになる娘を眞中に寢かして、夫婦が寢てゐる。宵に活けて置いた桐火桶の佐倉炭が、白い灰になつてしまつて、主人の枕元には、唯ゞ心を引込ませたランプが微かに燃えてゐる。その脇には、時計や手帳などを入れた小葢が置いてあつて、その上に假綴の西洋書が開けて伏せてある。主人が讀みさして寢たのであらう。

一月三十日の午前七時である。西北の風が強く吹いて、雨戸が折々がた/\と鳴る。一間隔てた臺所では下女が起きて、何かこと/\と音をさせてゐる。その音で主人は目を醒ました。

裏庭の方の障子は微白い。いつの間にか仲働が此處の雨戸丈は開けたのである。主人は側に、夜着の襟に半分程、赤く圓くふとつた顏を埋めて寢てゐる娘を見て、微笑んだ。夜中に夢を見て唱歌を歌つてゐたことを思ひ出したのである。

主人は、今日は孝明天皇祭だから、九時半迄には賢所に集らねばならない日であつたと思ひ出して、時計を見た。自用車で、此西片町から御所へ往くには、八時半に内を出れば好い。ゆつくり起きても、手水を使つて、朝飯を食ふには、十分の時間があると思つた。

その時臺所で、「おや、まだお湯は湧かないのかねえ」と、鋭い聲で云ふのが聞えた。忽ち奧さんが白い華奢な手を伸べて、夜着を跳ね上げた。奧さんは頭からすつぽり夜着を被つて寢る癖がある。これは娘であつた時、何處かの家へ賊がはいつて、女の貌の美しいのを見たので、強奸をする氣になつたといふ話を聞いてから、顏の見えないやうにして寢るやうになつたのである。なる程、目鼻立の好い顏である。ほどいたら、身の丈にも餘らうと思はれる髮を束髮にしたのが半ば崩れて、ピンや櫛が、黒塗の臺に赤い小枕を附けた枕の元に落ちてゐる。奧さんは蒼い顏の半ばを占領してゐるかと思ふ程の、大きい、黒目勝の目をばつちり開いた。そして斯う云つた。「まあ、何といふ聲だらう。いつでもあの聲で玉が目を醒ましてしまふ。」それが大聲で、癇走つてゐるのだから、臺所へは確に聞えたのである。

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