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TORENDIA

なかじきり

本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

老境に入った著者が、自身の半生を振り返る。医者として歩み始め、文士、哲学者、歴史家として多様な領域に触れながらも、終始ヂレッタンチスムを貫いた過去を語る。現在は一閑人として読書や詩作、歴史の叙述を行っているが、自身の思想を託すための新たな形式を模索し続けている。本作は、文学や社会問題に関する意見や執筆の求めを断り、自身の立ち位置を明確にするためのいわば決別と総勘定の書として綴られる。

森鴎外

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🎧 なかじきり / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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老いはようやく身に迫ってくる。

前途に希望の光が薄らぐとともに、みずから背後の影をかえりみるは人の常情である。人は老いてレトロスペクチイフの境界に入る。

わたくしは医を学んで仕えた。しかしかつて医として社会の問題に上ったことはない。「※※雕朽木[#「女+(合/廾)」、497-上-7][#「阿/女」、497-上-7]、老大免左遷」の句がある。

わたくしの多少社会に認められたのは文士としての生涯である。抒情詩においては、和歌の形式がいまの思想を容るるに足らざるをおもい、また詩が到底アルシャイスムを脱しがたく、国民文学として立つゆえんにあらざるをいったので、款を新詩社とあららぎ派とに通じて国風新興を夢みた。小説においては、済勝の足ならしに短篇数十を作り試みたが、長篇の山口にたどりついて挫折した。戯曲においては、同じ足ならしの一幕物若干が成ったのみで、三幕以上の作はいたずらに見放くる山たるにとどまった。哲学においては医者であったために自然科学の統一するところなきに惑い、ハルトマンの無意識哲学に仮りの足場を求めた。おそらくは幼いときに聞いた宋儒理気の説が、かすかなレミニスサンスとして心の底に残っていて、針路をショオペンハウエルの流派に引きつけたのであろうか。しかし哲学者として立言するには至らなかった。歴史においては、初め手を下すことを予期せぬ境であったのに、経歴と遭遇とが人のために伝記を作らしむるに至った。そしてその体裁をして荒涼なるジェネアロジックの方向を取らしめたのは、あるいはかのゾラにルゴン・マカアルの血統を追尋させた自然科学の余勢でもあろうか。

しかるにわたくしには初めより自己が文士である、芸術家であるという覚悟はなかった。また哲学者をもってみずからおったこともなく、歴史家をもってみずから任じたこともない。ただ、暫留の地がたまたま田園なりしゆえに耕し、たまたま水涯なりしゆえに釣ったごときものである。つづめていえばわたくしは終始ヂレッタンチスムをもって人に知られた。

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