春雪の出羽路の三日
本文約16,500字 ・ 読了時間 約33分
あらすじ(AIが作成しました)
雪深い羽後の仙北地方を訪れた筆者が、現地で深沢多市らと交流し、箱雪車で移動しながら後三年の役の遺蹟である金沢柵址を調査する様子を綴る。出羽の厳しい冬の暮らしや、独特の交通手段である箱雪車での移動体験、さらには現地で耳にしたおばこ節や羽黒の裸祭といった風習についても詳しく紹介する。三日間の滞在を通じ、雪国ならではの風土や民俗に触れた貴重な体験を記録した紀行文である。
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思いのほかの雪中旅行
昨年十一月に始めて出羽の踏査に着手したその続きを、この春の休暇中にやってみたいと思っている折から、山形県史蹟名勝天然記念物調査委員会の開会式が行われるので、やって来ぬかと理事官の有吉君から言って来られた。これ幸いとさきに御厄介になった庄内の阿部正己君に、同地方遺蹟踏査の御相談に及ぶと、このころはまだ雪が深くてとても駄目だとのお返事だ。冗談じゃない、こちらではもう桜が咲きかけているころだ。同じ本州のうちでも奥羽地方となるとそんなにまで様子が違うものか、これは一つ遺蹟踏査よりも雪の春景色を見たいものだ。それには庄内方面よりもいっそう雪の深かりそうな羽後の仙北地方がよかろう。かねて見たいと思っている後三年の役の遺蹟金沢柵址を、雪の中に見てまわるも面白かろう。ついでに久しくお目にかからぬ紫水生深沢多市君をもお訪ねしたい。同君は昨年丹後熊野郡長を辞してこの仙北の地に帰臥せられ、お好きの道とて郷里の故事を調査せられ、現に秋田県史蹟調査委員となって、最近には「雄勝城址考」の謄写版刷をも寄せられたほどの熱心なお方だ。雪で踏査が駄目ならば、お目にかかってお話を伺うだけでも有益であるに相違ない。同君は昨年帰郷後、祝融の災にかかられて、多年蒐集の史料までも少からず焼いてしまわれた。親しくそのお見舞も申したい。かたがた今回は羽後まで足を伸ばそうと、早速御都合を伺うとぜひ出て来いと言われる。その交渉に手間取って、やっと二十七日の東京上野駅発の夜の急行で出発した。