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TORENDIA

震災後記

本文約20,500字 ・ 読了時間 約41分

あらすじ(AIが作成しました)

一九二三年九月一日の関東大震災発生直後、東京で被災した著者が、周囲の混乱や余震、日々の生活再建の様子を記録する。市内電車の復旧や水道の復旧に喜ぶ一方、避難生活や焼跡の惨状、さらには盗難被害や困窮する人々の姿を目の当たりにする。また、各地から訪れる知人との再会や見舞い、近隣の墓地や建築物が被災した状況などを冷静に描写し、混乱した社会の有り様や、震災下での出来事を綴ることで、激動の記憶を後世に残すための手記。

喜田貞吉

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九月一日来の関東の大震については、自分の親しく見聞関知したところをいささか書きとめて、その混乱の最も烈しかった六日までの分を「震災日誌」と題して『社会史研究』拾壱月号〔(第一〇巻第三号)〕に掲載したのであったが、七日以後にもかなりひどい余震が繰り返され、世間はそわそわとして震災気分は相変らず濃厚だ。崩壊した古土蔵の土塊のために荒らされた書斎その他はまだもとのままで、事実学窓は閉塞の有様だ。この有様がいつまで続くか見当がつかぬ。すなわちここに爾後なお数日間の記事を「学窓日誌」から切り離して「震災後記」と題し、別に収めて後の記念とする。

九月七日(金)  今日から東京で市内電車の一部が始めて動き出した。宅の附近では大塚終点から春日町まで、わずか九停留場の間だけだが、それでもどれだけ通行人が便利を得るか知れぬ。しかし罹災者を無料で乗せるというので、罹災者ならぬ有象無象までがそれにお相伴して、車掌台はもとより、窓の外側まで透き間なし鈴なりの乗客だ。いな、ぶら下り客で一ぱいだ。とても自分らごとき気の弱いものには乗れそうもない。相変らず昔慣れた自転車が役に立つ。

午後から水道の水が出だした。もっとも低い場所だけらしいが、どんなに嬉しく思ったか知れぬ。初めから水道のない国だったら、この嬉しさは味わえず、またこんなに不自由をしなかったのだ。

植木屋の人足がやっと四人来てくれて、振り落された瓦の破片や土塊の取り片つけに着手する。

北埼玉郡国納なる妻の従弟日下部彦太君が、はるばる自転車で白米二升を持って見舞に来てくれた。大阪を始め各地から白米多額輸送の評判のみ高くてもまだ市場には売り出さず、麦飯や玄米飯を補充に用いているさいのこの賜は何よりも嬉しかった(追記。彦太君は帝大生で、前途に嘱望せられた青年であったが、この日雨を冒して東京の親戚まわりをした後に間もなく病気にかかって、十月三十一日帝大病院でついになくなられた。何という気の毒なことであろう)。夜十二時ごろかなりビックリさせるほどの強い奴がやって来た。

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