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TORENDIA

硝子を破る者

本文約6,700字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

終戦直後の混乱期、吹雪の汽車で窓硝子が割れている現状を目の当たりにした著者は、それを敗戦のせいにする風潮に警鐘を鳴らす。ニセコ山頂の研究所が心ない破壊行為に遭った経験や、苫小牧で消霧装置の部材が盗難に遭った顛末を振り返り、研究環境の維持に奔走する苦悩を語る。さらには電話や電報といった通信網の混乱を例に、物資不足や混迷の原因を日本人の心の問題に求め、困難な現状を打開するための平常心の重要性を説く。

中谷宇吉郎

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汽車はあいかわらず満員である。

吹雪で遅れ遅れするので、駅には前からの乗客が溜って益々混雑をひどくするらしい。

やっと窓際の席がとれて、珍しいことと喜んだのも束の間、硝子が破れているので、雪を雑えた零下十度の風が遠慮なく吹き込んで来る。とてもたまったものではない。前に坐っている五十余りの闇商人らしい男が、風呂敷を窓にあてがっているが、どうも巧くとまらない。

何度もやって見てとうとう諦めたらしく、外套の襟を立て襟巻をぐるぐる首に巻いて、身体を丸くして縮まり込んでしまった。風呂敷がばたばたと風にあおられて、五月蠅いばかりでなく、余計に寒いような気がする。

私の方も同様にちぢこまっている。ふと眼が会ったら、その男が半分は一人言のように、半分は私に話しかけるような調子で「戦争に敗けりゃあこんなもんだ。仕方がないや」とつぶやいた。私はちょっと可笑しくなって「だって君、これは何もアメリカの兵隊が割ったんじゃないんだよ。硝子を割ったのは皆日本人なんだろう」と言うと、その男も「そう言えばそうだね」と苦笑した。

日本人が汽車の窓硝子を破るようになったのは、窮乏のために平常心を失ったからであり、窮乏は敗戦に原因する。そういう意味では、戦争に敗けたから雪の吹き込む汽車で寒い思いをしなければならないと言うのは本当である。しかし「戦争に敗けたんだから」という言葉を、今日のように皆が無考えに使っていると、とんでもない錯覚に陥る虞れがある。もう既に陥ってしまっている連中も沢山あるらしい。

終戦直後、技術院があっさり解散してしまったので、私たちのニセコ山頂の観測所は、親なしになってしまった。施設は適当に処分するようにとの通報を受けたが、そう簡単に解体してしまうわけにも行かない。私たちにしてみれば、過去五カ年にわたって、随分苦しい目にも会って、やっと築き上げたものである。

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